40、 お前、嘘をついてたの?
翌朝、 私が千代美と清香と3人で駅の改札を出ると、 いつものようにたっくんが柱にもたれて待っていた。
気を利かせて先に歩いて行った2人から遅れて、 私がゆっくりとたっくんに歩み寄ると、 彼は柱から体を起こして私を見た。
「風邪は…… もう大丈夫? 」
「うん、 ありがとう。 昨日は来てもらえなくてごめんね」
「いや、 お前が寝てるのを邪魔したら意味ないし…… 」
たっくんがいつもの癖で、 私の手を握ろうと自然に指先を伸ばしてきたけれど、 私は無意識にバッ! と振り払ってしまった。
ーー あっ!
途端に彼はひどく悲しそうに目を伏せて、 行き場を失った手をポケットに収めて歩き出した。
ーー ああ、 たっくんを傷つけてしまった……。
たっくんを好きなのに、 そばにいたいのに…… 朝美さんとのことが頭をよぎって、 その手で触れられたくないと瞬間的に思ってしまったのだ。
そんな風に思ってしまう時点で、 私たちはもう駄目になりかけているんだろうか……。
「そんなの駄目! 絶対に! 」
頭の中で考えていたことがそのまま口に出てしまったらしい。
たっくんがハッと立ち止まり、 驚いた顔で私を見つめた。
こんな事で弱気になったら朝美さんの思うツボだ。
ちゃんと向き合ってもいないのに、 駄目だなんて言ってちゃいけないんだ……。
「ねえ、 たっくん、 今日ってバイトなの? 」
「いや、 今日は休みをもらってる」
「…… それじゃ、 放課後にたっくんのアパートに行ってもいい? 」
「うん、 俺もそのつもりでバイトを入れなかったから」
同時に頷きあって、 また歩き出す。
お互いハッキリとは口に出さなかったけれど、 今日会うということは、 過去の女の子たちとのこと、 朝美さんとのこと…… それらを含む、 たっくんの過去について話すことになるんだろう…… と思った。
***
放課後、 部室に向かう千代美たちに別れを告げ、 私はたっくんと並んで校舎を出た。
校門を出て左折しようとした途端、 それに気付いた私たちはギョッとして足を止めた。
「朝美、 どうして…… 」
道路に向かって校門にもたれ、 退屈そうに遠くを眺めていた朝美さんが、 たっくんの声で顔を向けた。
「拓巳っ! 」
顔をパアッと輝かせて、 彼女は小走りで掛け寄って来る。
そして顔に触れようと伸ばしたその手をスッと避けて、 たっくんは一歩後ろに下がった。
「拓巳……? 」
朝美さんが一歩前に出ると、 たっくんはまた一歩下がる。
「お前、 どうしてここが……? 」
朝美さんはチラッと私を見て口角を上げると、 またたっくんを見つめて、 自慢話をするかのように語り出した。
「昨日、 そこにいる小夏さんが私と別れて帰る時にね、 どこ行きのバスに乗るか遠くから見てたの」
ーー あっ!
「私の後をつけてたんですか?! 」
「物騒なことを言わないで。 私は遠くから見送ってただけよ」
「小夏 …… お前、 嘘をついてたの? 昨日は朝美に会いに行ってたのか? 」
「そうよ、 彼女、 拓巳のことが信じられなくて不安でたまらなくて、 わざわざ私を訪ねて来たの」
「違う! 私はただ……! 」
「それにしてもラッキーだったわ。 小夏さんの乗ったバスと拓巳のバイト先からアタリをつけて、 この付近の高校で聞いて回ったの。『青い目のイケメン高校生を知らないか』って。 長期戦を覚悟してたけど、 拓巳はやっぱり有名なのね。 1校目でいきなり『うちの高校じゃないけど……』って教えてもらえたわ。 カラコンをやめててくれて助かった」
ーー あっ……。
「この前はまだ黒目でいると思ってたから、『外人みたいに彫りの深いイケメン高校生を知らないか』って、 学生が集まっていそうな場所で片っ端から聞いて回って、 結構時間が掛かったの。 『高校生かは分からないけど、 ハーフっぽい青い瞳のイケメンが働いてるバーがあるよ』って教えてくれた子がいて、 行ってみたらビンゴだったわけだけど……」
その言葉を聞いた途端、 地面が真っ二つに割れて、 そこからストンと地の底に落ちたような感覚があった。
ーー ああ…… 私のせいだ……。
私がたっくんにコンタクトレンズをやめるように勧めたから …… 青い目が好きだって言ったから……。
もう風邪は治ったはずなのに、 昨日みたいに頭痛がする。
目がぐるぐる回って吐きそうだ。
背骨をせり上がってくるような悪寒と不快感に襲われながら、 私は真っ暗な地の底で途方に暮れていた。