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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第2章 再会編
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39、 同情してるのは気分が良かったか?


帰りのバスは最悪だった。



途中で気分が悪くなって、 知らないバス停で下車すると、 近くの側溝(そっこう)に向かってしゃがみ込んで吐いた。


朝から殆ど食べてなかったから水分くらいしか出てこなかったけど、 吐き終わってからも胃のムカつきは無くならなくて、 私はしばらくその場にしゃがみ込んでいた。



(ようや)く落ち着くとゆっくり立ち上がり、 近くにあった自動販売機で水を買おうと財布を開く。


小銭を投入しようとした時、 自分の指が小刻みに震えているのが見えた。



「あっ」と思った時には手が滑り、 落とした財布から硬貨が何枚か転がり出た。


慌ててしゃがみ込んで硬貨を拾い集めていたら、 アスファルトの道路にポタリと水滴が落ちてくる。


雨かと思って空を見上げたら晴天(せいてん)で、 頬に触れたら涙が伝っていた。


ーーああ、 私が泣いているのか



***



『 ……結構です』


『直接本人に聞いてみます』


そう言ってガタッと立ち上がり、 財布からお金を出している私に、 テーブルの向こう側で頬杖(ほおづえ)をつきながら、 朝美さんは言った。



「あなた達、 絶対に上手(うま)くいかないわよ」

「……。 」



「拓巳はあなたにどこまで話してるの? 母親のことは聞いた? 」

「えっ? 」



私が驚いて手を止めると、 朝美さんは「ほらね」とでも言うように薄く微笑む。



「あなた彼女のくせに、 拓巳からは本当に何も聞いてないのね」



ーー ああ、 まただ。


『彼女のくせに』

このセリフを聞くのは何度目だろう。



その通りだ、 私は彼女のくせに、 たっくんのことを何も知らない。


だから知りたかった。

そのために、 たっくんに内緒でこんな所までのこのこと出向いてきて……。




茫然(ぼうぜん)としている私を見て、 朝美さんは鼻でクスッと笑った。



「拓巳はね、 あなたの中に、 昔の自分を求めてるのよ。 楽しくて幸せだった頃の思い出や、 まだ純粋だったあの頃の『たっくん』を」


「……。」



「拓巳があなたに何も話さないのは、 あなたの前でカッコつけたいから。 自分の本性を(さら)したくないから。…… あなたを信用してないから」


「信用って…… 」



「あなたも拓巳と同じように、 あの子の中に優しくて綺麗な『たっくん』を求めてるんでしょ? 拓巳もそれが分かってるから、 本音の1つも(こぼ)せないのよ。 あの子には私の方が合っている。 全部分かった上で受け止めてあげられるのは私だけだから」


「私は…… 」



「穂華さんね、 今は(うち)にいないわよ」

「えっ……? 」



朝美さんはフフッと笑ってストローに口をつけ、 すっかり氷の溶けた薄いアイスコーヒーを1口飲んだ。



「こんな大事な話を、 彼氏じゃなくて私からしか聞けないなんて、 (みじ)めだわね …… 」



***



バス停のベンチに座って、 さっきまでの朝美さんとの会話を反芻(はんすう)する。



まさしく(みじ)めだった。


結局何も分からないまま、 不安と不快感を(つの)らせただけ。



さっき買った水でハンカチを濡らして脂汗(あぶらあせ)を拭こうと思いたち、 カバンを開けてみたところで、 携帯電話の存在を思い出した。



急いで取り出し画面を開いたら、 案の定たっくんからの着信が来ていた。


電話の着信2件、 メールが3件。



最初は電話で、


『小夏、 風邪を引いたのか? 雨に濡れたせいだな、 悪かった』。



その直後にメールが届いていて、


『駅でずっと待ってたけど来なかったから学校に来た。 お前の友達に聞いたら欠席だって言われたけど、 風邪をひいたんだよな? ごめんな』。


その後も学校の休み時間に、 私の体調を心配する内容のメールが2通。



そして最後は、 ほんの20分ほど前。


『今日の放課後、 お見舞いに行ってもいいか? …… お前が好きなプリンを買ってく』


と、 留守番電話にメッセージ。



ーー ダメだ…… 今日は会えない。




さっきまでは、 熱がどんなに上がろうとも、 たっくんに会いにいこうと決めていた。


だけどその覚悟は、 朝美さんの言葉で吹き飛んだ。



『拓巳はあなたを信用してない』


『あの子の中に優しくて綺麗な『たっくん』を求めてるんでしょ? 』


『全部分かった上で受け止めてあげられるのは私だけ』




彼女が浴びせた言葉は全て痛烈(つうれつ)だったけれど、 それらは決して間違ってはいない。



確かに、 たっくんは私を信用していないんだろう。

今の状態でいくら私が問い詰めたとしても、 きっと肝心なことははぐらかされてしまうだけだ。



ーー 穂華さんが家にいない。



その事実が、 私の脳みそをガツンと殴りつけ、 大きく揺さぶった。



こんな大事なことでさえ、 たっくんは教えてくれなかったのだ……。




『上から目線で同情してるのは気分が良かったか?! 』



たっくんにこんな言葉を吐かせるような私では、 何も変わらないんだ……。





私は携帯電話を開くと、 たっくんに向かって文字を打ち込んだ。



『ゴメンナサイ。 今日は調子が悪いのでゆっくり寝たいです。 来ないでください』


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