表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第2章 再会編
79/237

28、 ずっと言い続けて来ただろ?


校舎の影で薄暗くなっているその場所で、 私たちは膝を付き合わせてジッとしゃがみ込んでいた。



もうとっくに始業のチャイムは鳴り終わっている。


教室では今頃HRが始まっているはずだ。 先生は私の不在に気付いただろう。

もしかしたら、 朝の下駄箱での騒ぎが伝わっているかも知れない。

千代美たちは何て説明しているんだろう……。



いろんなことが頭の中を駆け(めぐ)るけれど、 ここから動こうという気にはなれなかった。



「小夏…… 本当に、 ごめん」


すぐ前から、 もう何度目かの謝罪の言葉が降ってきた。



たっくんは一体何に対して謝っているんだろう。


たっくんの取り巻きの誰かに私がこんな嫌がらせを受けたこと?


ずっと私だけだったと言いながら、他の女と平気でキスをしてホテルに行くような関係だったこと?


それを私に隠していたこと?




「私…… 分からない」

「えっ? 」


「たっくんの『好き』は1人だけじゃないの? そんなに簡単に分け与えられるものなの? そんなに…… そんなに安っぽいものなの? 」


膝に顔を(うず)めたままの、 くぐもった声で問い掛けると、 たっくんはしばらく言葉に詰まって黙り込んでから、 私の両腕を掴んできた。



「小夏、 顔を上げて」

「…… 嫌だ」


「…… 俺が好きなのは小夏だけだよ」

「……。」



「昔も今も、 ずっと小夏だけだ。 他のヤツを好きになったことは一度もない」


「…… ウソだ」

「ウソじゃないよ。 俺はずっと言い続けて来ただろ? 俺はウソなんて言ってない。 俺はずっと小夏を…… 」



「だったらどうしてあんな事をしてるのっ?! 」



バッと顔を上げると、 すぐ目の前にたっくんの顔があった。

青い瞳が揺れ、 綺麗な顔が、 今にも泣き出しそうに(ゆが)んでいる。



ーー なんでそんなに悲しそうにしているの?

泣きたいのは私の方なのに……。



さっきたっくんが封筒から取り出した1枚目の写真は、 濡れ髪にバスローブ姿で冷蔵庫を開けているたっくんを斜め後方から写したものだった。


私が拾って見た写真の寝顔といい、 たぶん全部、 誰かが隠し撮りしたものなんだろう。



そしてその誰かは、 たっくんと付き合っていて、 たっくんが大好きで…… そして私が憎くてたまらないんだ。




「俺は…… 」


たっくんが話し出そうと口を開いた時、 チャイムの音が鳴り響いた。



たっくんは舌打ちをしながら校舎を見上げ、 そして私の顔を見た。



「どうせもう今日は授業どころじゃないだろ…… 小夏、 来い」


たっくんが私の手を引いて立ち上がらせようとしたけれど、 私はその手をバッと振り払って自力で立ち上がった。



「たっくんのアパートには行かない。 私の家に来て。 お母さんは仕事でいないから」


スカートの(すそ)をパンパンと払いながらそう言うと、 たっくんは黙って頷いた。



***



チーーン……


丁寧に正座をしてリンを鳴らした後は、 線香のくゆる仏壇の前で手を合わせ、 長い時間(こうべ)()れている。


たっくんのその後ろ姿は、 凛として美しく、 とても清廉(せいれん)に見えるのに、 彼は大嘘つきで節操(せっそう)のない男だったのだ。



ここに来るまでの間、 私たちは一言も口をきかなかった。

もしも途中で一言でも発したら、 雪崩(なだれ)のように言葉が止まらなくなると思ったから。


ひとたび口を開いたら、 きっと私は電車の中だろうが駅だろうがお構いなしに、罵詈雑言(ばりぞうごん)の数々をたっくんに()びせ、 (みにく)く顔を歪ませてわめき散らしていたことだろう。




たっくんをここに連れて来たのは、 他の女も通っていたであろうあのアパートに足を踏み入れたくなかったという事と、 あの夏の思い出のある場所で、 たっくんがどんな顔で話をするのか見てやろうという嗜虐心(しぎゃくしん)からだ。


大好きだったおばあちゃんと、 幼い頃の純粋でひたむきだった自分自身に見守られながら、 身も心も(けが)れたこの男が何を語るというのか……。



これは完全なる私の意趣(いしゅ)返しだ。

こんなことを考えつく私も、 もうあの頃の純粋な私じゃなくなってしまったんだろう。



和室の黒い座卓に向かい合い、 雑然(ざつぜん)と広げられた5枚の写真を目の前に…… たっくんはゴクリと唾を飲み込んでから、 ゆっくり口を開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ