22、 小夏と一緒にいてもいいですか?
ーー えっ? 恨んでるって…… どうして?
意味が分からず私が立ち尽くしていると、 母はようやくたっくんから離れて、 玄関のレジ袋を拾い上げた。
それをたっくんが受け取って、 キッチンへと運んで行く。
私は聞きたいことがありながらも、 たっくんが何も言わなかったから、 黙って後をついていった。
「今日はすき焼きにするからね」
母がそう言ってレジ袋の中身を調理台に並べて行くと、 たっくんと私は「わあっ」と顔を見合わせて喜んだ。
「早苗さん、 手伝ってもいいですか? 」
「昔みたいに敬語抜きでいいのよ。 それじゃあ、 白菜を洗ってもらおうかしら」
「…… うん」
割り下の準備を始めた母を横目に見ながら、 私はたっくんを手伝って白菜をめくり始めた。
母とたっくんが何処となくよそよそしい気がするのは、 6年振りに会ったからなのか…… それとも、 『恨まれる』ような事を過去に母はしているの?
だけど、 それを聞いたらこの団欒の時間がぶち壊しになってしまうような気がして、 喉に小骨が引っ掛かったような気持ち悪さを感じながらも、 私は何も聞けずにヘラヘラと作り笑いを浮かべていた。
卓上調理器に乗ったすき焼き鍋をつつきながら、 たっくんは「美味しい」をひたすら連呼していた。
「たっくん、 食べるのめちゃくちゃ速い! 」
「小夏が遅いんだよ。 早くしないと俺が肉を全部食っちゃうぞ」
「肉はまだ沢山あるから、 どんどん食べてね」
母がたっくんのために奮発した霜降り肉を次々と投入していく。
「たっくん、 春菊だけ避けてるでしょ」
「避けてねえよ」
「それじゃ食べなよ」
私がたっくんのトンスイにポイッと春菊を放り込む。
「あっ、 お前、 やめろよ! 」
「やっぱり食べれないんじゃん。 子供だね」
「そういうこと言うと、 お前の方にシイタケを放り込むぞ。 どうせ今も食べれないんだろ」
「残念でした! 私はシイタケ嫌いを克服しました〜 」
私がシイタケをパクッと口に放り込むと、
「マジか…… 負けた」
そう言ってたっくんが春菊を自分の器から私の方にヒョイっと移した。
母はそんな私たちの姿を目を細めて眺めていたけれど、 しばらくすると、
「拓巳くん…… あなた、 今は幸せなの? 」
ポツリと聞いた。
たっくんは睫毛を伏せてちょっと考えていたけれど、 顔を真っ直ぐ母に向けると、 きっぱりした口調で、
「はい、 幸せです…… 小夏にまた会えて、 幸せだって思えるようになりました」
そう答えた。
「そう…… 」
それだけ言って黙りこんだ母を、 たっくんはジッと見つめる。
それから何故か隣にいる私にチラッと視線を寄越すと、 もう一度正面を向いて、 覚悟を決めたように口を開いた。
「早苗さん…… 俺、 小夏と一緒にいてもいいですか? 」
ーー えっ?
「俺は…… もう2度と小夏に会うことはないと思ってました。 もう誰のことも好きになることは無いと思ってたし、 普通の幸せも諦めてた。 だけど…… また会ってしまったから…… 」
母は手に持っていた箸を揃えて置くと、 膝に手を置いて姿勢を正した。
「拓巳くんは、 今でも小夏のことを好いてくれてるのね」
「…… はい」
「ずっと忘れずにいてくれたのね」
「はい」
たっくんが頷くと、 途端に母の表情が崩れ、 目から涙が溢れ出した。
「本当にごめんなさいね。 私のことを恨んだでしょうね。 まだ幼かったあなたに、 私は酷いことを言ったわ」
そう言うと、 母はテーブルの上で肘をつき、 両手で顔を覆った。
「たっくん…… 」
私がたっくんの顔を窺って、 目で答えを求めたけれど、 たっくんは黙って見つめ返すのみで何も言ってくれない。
鍋の中の肉や野菜がどんどん煮詰まって茶色くなっていくのを見ながら、 私たちの誰一人箸を動かすことなく、 ただグツグツという音だけが室内に響き渡っていた。