21、 俺、ちゃんと真面目に見える?
4月第3週の金曜日。
私たちは学校が終わってすぐにたっくんのアパートに寄って、 それから2人で私の家に向かう電車に乗った。
「ヤバイな…… 」
「えっ? 」
「俺、 すごく緊張してるんだけど」
「嘘っ! たっくんが? 」
「嘘って…… お前、 俺を何だと思ってんだよ」
「えっ? 強引で自分勝手でオレ様って感じ? 」
たっくんは、「お前なぁ〜!」と言いながら私の肩をガシッと抱き寄せると、 一つ深い溜息をついた。
ーー 本当に緊張してるんだ……。
たっくんはアパートで洋服を選ぶときにもひどく悩んで、 部屋の隅のハンガーラックから洋服を取ってはベッドに広げ、 私にもアドバイスを求めた。
「なあ、 本当にこれでいいと思う? 俺、 ちゃんと真面目に見える? 」
結局はカーキ色のチノパンに白い襟付きの半袖シャツ、 上に紺のジャケットという好青年風コーデになったのだけど、 私には、 たっくんが何故ここまで気を遣うのかが分からなかった。
母には、 前日の夜にたっくんのことを話した。
それまでたっくんがどことなく逃げ腰で、 家に来るという約束をのらりくらりとかわしていたので、 ハッキリするまで言えなかったのだ。
昨日の学校帰り、 駅までの道で、「お母さんに会うのが嫌なのなら、 その理由を教えて欲しい」と詰め寄ったら、 その答えは貰えなかったけれど、 代わりに「明日、会いに行ってもいい? 」という言葉が出てきた。
仕事から帰ってきた母にたっくんのことを話したら、 一瞬言葉を失ってとても驚いていたけれど、 家に連れてくると言ったら、「だったら夕食も食べて行ってもらいなさい」とだけ言った。
もっと喜んでくれるかと思っていたから、 母の固い表情は少し意外な気がした。
駅で電車を降りて改札を出ると、 たっくんは周囲をキョロキョロ見回して、 顔をパアッと明るくさせた。
「俺…… この景色を覚えてるわ」
「うん、 あまり変わってないでしょ? あっち側に真っ直ぐ進むと夏祭りの神社があるよ」
「ああ、 金魚すくいをした所か、 懐かしいな。 そう言えば、『チビたく』はどうなったの? 」
「ああ…… あの子が一番長生きで、 2年くらい生きてたんだけど…… 」
「…… そっか」
『来年も来れるかな?』
そう言っていたたっくんは、 その後、 祖母の家に来ることは無く、 結局『チビたく』にも祖母にも会うことは叶わなかった。
「でも…… 今日こうやって2人でおばあちゃんの家に来れたんだもん。 おばあちゃんも喜んでくれてるよ」
「…… そうだといいな」
私たちが家に着くと、 まだ母は帰っていなかったので、 いつものように自分で鍵を開けて中に入った。
玄関に入るとたっくんは大きく息を吸い、 懐かしそうに目を細めた。
私に「これでいい? 」と聞きながら丁寧に靴を揃えると、 ようやく廊下を歩き出す。
「おばあちゃんの仏壇は? 」
「こっち」
手前の和室に案内すると、 床の間に置かれた仏壇の前に並んで座った。
たっくんは私の真似をして線香を立てると、 長い間じっと手を合わせていた。
6年分の会話をしているのかも知れない。
ようやく顔を上げると立ち上がり、 縁側に歩いて行く。
「緑は少し減ったかな」
「うん、 おばあちゃんが弱ってお世話出来なくなった時に、 盆栽や鉢植えは近所の人にあげちゃったみたい」
「そうか…… 」
今度は室内を振り返り、「懐かしいな」と呟く。
この縁側にも和室にも、 ひと夏分の思い出がある。
夏祭り前に浴衣を着たり、 縁側で花火をしたり。
座卓の前に座ってお絵描きをしたりスイカを食べたりもした。
そして…… 穂華さんが迎えに来た時に、 2人で手を握りながら、 大人たちの怒鳴り声を聞いていた場所でもある。
まるで死刑宣告を受けているかのような時間だった……。
「向こうでお茶でも飲む? 」
嫌な思い出を振り払おうと立ち上がった時、 表で車の音がした。
「あっ、 たぶんお母さんだ。 今日はたっくんがいるから早く帰って来たのかも」
壁の時計を見たら、 午後5時32分だった。
いつも帰宅は6時頃なので、 今日は早目に仕事を終わらせたのかも知れない。
たっくんは急にソワソワしだして、 髪を撫であげ、 ジャケットの襟を正した。
そして私について玄関に行くと、 一緒に母が来るのを待ち構えた。
玄関の引き戸がガラリと開いて、 スーパーのレジ袋を両手に持った母が入ってきた。
母は玄関に脱がれている靴を見て、 それから上がり框に立っているたっくんを見上げた。
「…… 拓巳くん? 」
「はい…… お久しぶりです」
母は玄関に両手の荷物をドサリと落として、 両手で口を覆った。
「拓巳くん…… 大きくなって…… 」
涙をポロポロと零しながら、 ゆっくり前に進んで行く。
母の高さに合わせてたっくんが廊下に膝をつくと、 彼の背中を両手で力強く抱きしめた。
「拓巳くん…… ごめんなさいね。 私を恨んでるでしょうね…… 」
母の口から真っ先に出たのは、 謝罪の言葉だった。