20、 会ってもいいのかなぁ?
たっくんと私が付き合い始めたというのは、 特に宣言したわけでもないのに、 あっという間に学校中に知れ渡った。
たっくんが電話をかけた女の子たちから広まったのかも知れないけれど、 それ以前にたっくんの私に対する態度があからさまだから、 誰が見てもお察し…… という事なんだと思う。
あれから1週間。
あの翌日から、 紗良さんたちが校門でたっくんを待っていることは無くなった。
翌日、 ドキドキしながら下駄箱の扉を開けたけど、 たっくんが買ってくれた新しい上履きには、 落書きも、 土が入っていることも無かった。
それは潮がサッと引いていくかのようにあっという間で、 もしかしたら彼女たちから呼び出しくらいはあるんじゃないかと身構えていた私は、 あまりにもアッサリと収束した事態に、 逆に拍子抜けする程だった。
遠くからの射るような視線や、 すれ違いざまの冷んやりした空気を感じることはあるけれど、 彼女たちの気持ちを考えたら、 それくらいは仕方がないだろう。
「うん、 小夏の唐揚げめちゃくちゃ美味いな」
まだ口の中に前のが残っているのに、 たっくんは緑のピックでまた新しい唐揚げを突き刺した。
学校の中庭のベンチで、 私とたっくんは2人並んでランチを食べている。
私は教室で千代美や清香と食べるつもりだったのだけど、 毎日のようにたっくんが通ってくるから、 とうとう2人に追い出された。
「目の前でイチャイチャされたら気になって食べられないんですけど〜 」
「私たちはいいから、 2人で食べてらっしゃいよ」
ニコニコしながらそう言う2人に見送られて、 私とたっくんは2人でお昼を過ごすことにした。
たぶん私たちが6年分の空白を埋める時間を与えてくれているのだろう。
彼女たちは、 そういう気配りが自然に出来る人なのだ。
「ねえ、 たっくん、 今度うちに来ない? 」
「えっ? 」
私の言葉にたっくんの手が止まった。
「お母さんにたっくんの事を教えてあげたいな…… って思って。 お母さん、 たっくんに会ったらきっと喜ぶと思うんだ。 それに、 たっくんはいつも購買のパンを買ってるでしょ? お母さん公認になれば、 家で堂々とたっくんの分もお弁当を作ってあげられる」
「……。 」
たっくんは緑のピックをお弁当箱の蓋に戻すと、 身体ごと前を向いて黙り込んだ。
「たっくん? 」
「俺は…… 会えないよ」
「えっ…… どうして? 」
「早苗さんは…… たぶん俺と小夏が会ってるって知ったらいい顔をしない」
「そんな事ないよ! お母さんはたっくんを本当の息子みたいに思ってたじゃない! 」
「そんなのは昔の話だ! 」
急にたっくんの語気が荒くなってビクッとしたら、 それに気付いたたっくんが、 眉を寄せて切なそうな顔をした。
「小夏…… ごめん、 怖がらせた」
たっくんは右手でそっと私の前髪を上げて、 左のこめかみを見つめる。
「…… やっぱり傷、 残っちゃったな」
そこには斜めについた、 2センチほどの傷痕。
あの雪の日に、 割れたビール瓶の先で傷ついたそこは、 目立たなくなったものの、 今もうっすらと痕が残っていて、 普段は前髪で隠されている。
だから私は今だに小学生の頃のままの前髪パッツンのおさげ髪。
「もう全然大丈夫だよ。 痛みは無いし、 傷痕も薄くて目立たないし。 たっくんは? 前髪が長いのは、 額の傷を隠すため? 」
「うん……まあ、 そうだな」
「…… 見ていい? 」
たっくんが頷きながら前髪を上げると、 そこには私と同じようなサイズの傷痕が、 スッと横に1本入っている。
場所が額のど真ん中な分、 前髪が無ければ私よりも目立ちそうだ。
「触ってもいい? 」
たっくんが頷くのを待って、 人差し指の先でそっと傷痕をなぞってみた。
あの時パッカリ開いて赤い血をポタポタ垂れ流していたそこは、 今は白っぽい線となり、 指の腹にほんの少しの凹凸を感じさせるのみだった。
「触ると痛い? 」
「痛くないよ」
「私のと同じだね」
私がクスッと笑ったら、 たっくんが
「悪かったな…… 俺のせいで。 女の子なのにな」
そう言って長い睫毛を伏せた。
少し憂いを含んだその瞳は、 彫りの深い整った顔をいつも以上に蠱惑的に見せていて、 それが私のために、 私だけに見せているものなのだと思うと、 なんだか胸がゾクゾクして、 ひどく満足感で満たされた。
「良かった…… お揃いで」
ポロリと溢れたその言葉は、 自分でも変だと思ったけれど、 嘘偽りのない私の本心でもあった。
たっくんと同じ傷を持っているのが、 他の誰でもない、 自分で良かったと、 心からそう思っていたから。
「小夏…… バカだな」
「…… うん」
たっくんが再び私の前髪を上げて、 こめかみの傷に口づけた。
「この傷も、 小夏も、 俺のだから」
「……うん」
「俺…… 早苗さんに会ってもいいのかなぁ? またこうして小夏といることが許されるのかな……」
「うんっ!会っていいに決まってるし、 会って欲しい! 」
「…… 分かった。 行くよ、 小夏んち」
たっくんは覚悟を決めたようにキッパリと言うと、 私の瞳をじっと見つめた。