19、 お揃いのマグカップを買いに行かね?
「ああ、 俺、 拓巳。……いや、 その事を責めたくて電話したわけじゃないんだ」
誰に電話しているのかは分からない。 だけど、 電話から漏れ聞こえる高めの声で、 相手が女性だというのが分かる。
そして、 話の内容からすると、 下駄箱に嫌がらせをした犯人の1人なんだろうと思った。
「うん…… 俺、 本気で好きな子が出来たから、 もうお前らとは会わないわ。 うん、 本当のマジで。 悪いのは俺だから、 文句があるなら俺に言って。 今までありがとうな。 うん、 ごめん。じゃあ」
1人目が終わると、 2人目、 3人目と電話を掛け、 同じような内容を告げていく。
時には電話の向こうから泣き声が聞こえてきたし、 相手が納得しないのか、 かなり会話が長引く時もあった。
だけどそんな時もたっくんは『俺が悪かった』と謝り続け、 辛抱強く説得をしていた。
十数人目かの電話を掛け終えた時に、 さすがに疲れたのか、 ふぅ〜っと深い溜息をついたたっくんと目が合った。
「凄いね…… 17人…… 18人? どんだけ女の子を泣かせてるんだって言う…… 」
「俺も改めてアドレス帳で確認してビビったわ。 ホント最低だな…… 呆れた? 」
「呆れた…… けど、 もうこれでケジメはつけたんでしょ?
「ん…… あと、 これでラスト」
たっくんは真剣な表情に戻り、 最後だというその相手の番号を指先でタップした。
「…… あっ、 紗良? 俺…… 拓巳」
私が薄々予想していた通り、 最後の1人は紗良さんだった。
予想通りとはいえ、 最後の相手に彼女を選んだと言うことが、 2人の間の特別な絆を感じさせて、 私の胸をジリジリさせた。
ーー だけどたっくんはその紗良さんに、 私の目の前で別れの電話を掛けてくれているんだ……。
だから私は彼を信じて、 全てが終わるのをじっと待とう……。
「今日は置き去りにして悪かった。…… うん、 さっき言った通り。 俺はもう、 いい加減なことはしないよ。 うん、 お前たちとももう遊ばない。 …… 今まで悪かったな。 …… お前には随分救われたよ。 うん、 俺もお前のことを同志だと思ってた。 でも、 あんなのはただの傷の舐め合いだ」
ーー 救われた? 傷の舐め合い?
他の子達に電話した時よりも声音は低く優しく、 そして親しみのようなものを含んでいた。
「ああ、 そうだな…… 俺なんかが変われるはずは無いのかも知れない。 うん、 でもさ、 俺はとっくの昔に諦めていた希望に、 幸運にも巡り会えたんだ。 俺はこの奇跡を信じたいし、 もう二度と失いたくないんだ……だから…… 変わるために、 こうやって電話をしてる」
電話の向こう側で、 紗良さんが長く話しているようだった。
たっくんはその間も、 うんうんと相槌を打って、 彼女の全ての言葉を受け止めていた。
「ああ、 ずっと俺のことを憎んで。 俺はもうお前に手を貸してやることは出来ないし、 呼び出しに応じることも出来ないから…… うん、 今までありがとう。 さようなら」
プツリと電話を切った後も、 たっくんはしばらくスマホの画面を見つめていた。
そして、 言葉をかけることも出来ずにじっとたっくんの横顔を眺めていた私に気付くと、 優しく、 でもちょっと切なそうな微妙な笑顔を浮かべて、 「聞いてた? 」と言った。
「うん、 聞いてた」
「これで全部終わり」
たっくんは私に肩を寄せてスマホのアドレス帳を見せると、 目の前で、 今かけた電話相手のアドレスを次々と消去していった。
「えっ、 いいの?! 」
「うん、 もう連絡を取ることも無いから」
そしてスマホをテーブルに投げ出すと、 両手を上にあげて、「スッキリした〜! 」と伸びをした。
「小夏…… 」
「はい」
たっくんが急にこちらを向いて、 ソファーの上で正座をしたので、 私も同じように向かい合って正座になった。
「これが俺の本気です。 今度こそちゃんと、 俺の彼女になって下さい」
「…… はい」
たっくんの瞳が潤んで、 柔らかく微笑んだ。
「小夏…… 好きだ…… 」
優しく抱き寄せられ、 私も迷わず背中に腕を回す。
「あのさ…… 」
「ん? 」
「とりあえず今から…… お揃いのマグカップを買いに行かね? お前が来た時にペットボトルじゃ彼女っぽくない」
耳元でそう囁かれた時、 今度こそ本当に、 堂々とした恋人同士になれたのだと思った。