18、 今度こそ逃げるなよ?
私もソファーに深く腰掛けて話を聞く体勢を整えると、 たっくんは安心したように前を向いて話を続けた。
「アイツらが…… 紗良たちがいい気がしないのは分かってた。 だけど、 俺が脅しておけば大丈夫なんじゃないかって、 心の中では楽観視してるところもあって…… 馬鹿だよな、 こうなることは予想出来たのに、 それでも俺はお前といたくって、 深く考えないようにしてたんだ」
「…… うん」
「だから、 実際にお前に被害が及んだって分かった瞬間に、 頭ん中がブッ飛んで、 アイツらを殴りつけて黙らせる事しか浮かばなかった。 アイツらに腹が立ったのもそうだけど、 油断してた自分自身への怒りもあったんだ」
「うん…… 」
たっくんの話を遮りたくなくて、私はひたすら相槌をうつのに徹した。
「怒りに任せて飛び出そうとしたら、 お前に止められて、 悪魔になるって言われて…… あんなに憎んでた男と同じことをしようとしてる自分がショックで、 愕然とした」
「でも、 たっくんは思いとどまってくれたじゃない」
「ああ…… あそこで暴力沙汰を起こして退学にでもなってたら、 小夏と一緒に学校に通えなくなるところだった。 後で思い出して恐ろしくなった。 絶対に、 もう二度とあんな風になっちゃ駄目だって思った」
「それから…… 生徒指導の飯田に呼び出された時に、 急に俺の目が青くなったらみんなが騒ぐから、 今まで通りに黒いカラコンをしたらどうだって言われた」
「嘘っ! ヒドイ! たっくんの本当の色なのに…… 」
「ああ、 俺も断った。 小夏がこの瞳の色を好きだって言ってくれたから、 迷わなかった。 たぶん小夏と再会する前の俺だったら、 面倒くさがって言われるままにしてたと思う。 そもそも、 本当の色に戻そうとも思わなかっただろうしな」
私の顔を見て、 クスッと笑った。
「それで…… その時に、 下駄箱の貼り紙や嫌がらせのことを話した。 『犯人に心当たりはあるのか』って聞かれたから、『ある』って答えた。 でも、 証拠は無いし、 しかも紗良たちのグループだって言ったら、 飯田が一気に弱腰になった。 …… 紗良の父親は市会議員で、 母親がそいつの愛人だっていうのは、 先生たちや一部の人間だけが知っている」
「えっ…… 」
「プライベートな事だから言わない方がいいんだろうけど…… この辺りを誤魔化すと、 小夏が拗ねるから…… 」
「拗ねっ?!…… ごめん」
たっくんは愉快そうに目を細めると、 話を続ける。
「元々教師なんて信用してなかったけど、 ちょっと下駄箱の見廻りを強化してくれたらいいかな……ぐらいには考えていた。 でもアテにならないって分かったから、 自分でどうにかしようと思った」
「それでしょっちゅうB組に来て…… 」
「うん、 そう」
清香が言ってたことが当たってたんだ……。
「小夏の事が心配だったから、 休み時間のたびに様子を見に行った。 だけどずっとくっついてる訳にはいかないし限界がある。 どうしようかと思ってたら、 紗良から『会いたい』ってメールが来た」
「それで…… 」
「ああ。 小夏への嫌がらせを止めさせるなら、 リーダー格のアイツに頼むのが一番手っ取り早いと思ったんだよ。 それで呼び出しに応じてお願いしたら、 キスをせがまれたんだ。 口じゃなければギリセーフだと思ったし、 それに…… お前が見てるなんて思わないだろ? 」
「たっくんにはギリセーフでも、 私にはアウトだよ」
「ああ、 小夏はそうだろうな。 だから来て欲しくなかったのに…… なんで追いかけて来るんだよ。 知らなきゃ済んだ話なのに」
「知らないところでコソコソされてる方が嫌に決まってるでしょ! …… そりゃあ、 目の前で堂々とキスされても嫌だけど…… 」
「あんなホッペにしたぐらいじゃキスとも言わねえよ」
「言うよ! 何それ、 信じられない! 」
「そんじゃ、 俺はどうすりゃ良かったんだよ! お前が嫌な思いするのを黙って見てろって言うのかよ! 」
「そうだよ! 黙って見てればいいんだよ! 」
「…… えっ?!」
たっくんがソファーから体を起こして私を見つめた。
思いっきりキョトンとしている。
「たっくん、 私はたっくんの彼女になるって頷いた時に、 とっくに覚悟してたよ。たっくんがモテるのなんて保育園の時から嫌っていうほど知ってるし、 こうなる事は予想がついてた。 それでもたっくんと付き合うことを選んだのは私なんだから、 これは私の問題なの」
「違うだろ、 小夏は何も悪い事してねえのに…… 」
「好きな人が離れてくのは苦しいんだよ。 その苦しみを誰かにぶつけたいと思っちゃうんだよ……。 私もね、 たっくんがいなくなった時、 母親に当たりまくった」
「そうなの? 」
「うん、 酷かった。 でもお母さんは受け止めてくれて、 一緒に泣いてくれた。 だから紗良さんたちは、 大好きなたっくんには怒りをぶつけられなくて、 私を対象にしたんじゃないかな。 確かにあんなことをされて腹が立つし悔しいけど、 たっくんと離れる苦しみを思ったら全然耐えられる。 命を奪われるわけじゃないしね」
「小夏…… お前、 強くなったな……。 違うか、 お前は前から強かったよな。 俺を守るために、 大人相手に必死で戦ってくれてたんだもんな」
「うん…… だからもう、 ああいう…… 内緒で会うとかキスとかは…… 嫌だ」
「分かった。 小夏がそう言ってくれるなら、 俺も腹を括る」
ーー 腹を括る?
「俺がケリをつけたら、 今度こそ逃げるなよ? 」
たっくんはガラステーブルに置いていたスマホを手に取るとアドレス帳を開き、 誰かに電話を掛け始めた。