17、 これでハッピーエンドなはずだろ?
「お前…… 時間ある? これから俺んちに来れる? 」
たっくんは周囲をキョロキョロ見回してから、 そう聞いてきた。
ここではゆっくり話せないと思ったんだろう。
「行ったら、 話してくれるの? 」
「…… 話す。 だから逃げないで」
「…… 分かった」
たっくんに手を引かれて玄関から出ると、 そこには紗良さんが立っていた。
きっとたっくんを追いかけて来たんだろう。
たっくんは紗良さんからふいっと視線を逸らし、 私の手首を掴んだまま、 彼女の前を通り過ぎる。
紗良さんの視線を背中で感じながら、 私は黙ってたっくんについて行った。
***
「アイツは…… 紗良は、 同じ中学の1個上の先輩で……。俺が中2の終わり頃からアイツやその仲間とツルむようになって、 それからの付き合い」
「あの人は…… たっくんと付き合ってるの? 」
「付き合ってねえよ! …… ってか、 俺が今言った『付き合い』ってのは、 恋とかそう言うんじゃなくて…… だから、 俺の彼女は小夏だって言ってるだろ! 何度も言わせんなよ! 」
「言わせてるのはたっくんだよ! 私に嘘をついてまで紗良さんに会いに行ったりするからっ! 」
ーー ああ、 嫌だ。
自分がこんな、 オンナ丸出しのベタな台詞を吐いてるなんて。
こんなに嫉妬まみれで感情的になるなんて。
たっくんが目の前から消えてから、 私の世界は無機質で退屈なものになったけれど、 代わりに平穏と静けさをもたらしてくれた。
その世界では、 全てが輝いて見えるようなキラメキや、 胸を焦がすような情熱は無いけれど、 嫉妬することもされることも無く、 傷つけ傷つくことも無く、 全てが予定調和の中で収まっていた。
そこにいさえすれば、 私の心はどこまでも穏やかに凪いでいて、 たまにそよ風が吹いても、 それは水面を僅かに揺らすのみで、 あとはそっと頬を撫でて去って行くだけのはずだったのに……。
なのに今、 私の心は乱れてばかりだ。
たっくんは、 凪いだ湖面に突然投げ込まれた大きな石。
石は大きな音と共に水しぶきを上げ、 どんどん波紋を広げながら、 私の心を波立たせ、 掻き乱す。
「私…… たっくんに会わない方が良かった」
「…… えっ? 」
たっくんは水のペットボトルをガラステーブルに置いたまま固まった。
「おい…… 何言ってんだよ」
「私…… こんなに感情的にならない人間なの。 人に期待したり求めたりしたくないし、 ましてや嫉妬なんて…… こんなの私じゃない! 」
そうだ、 こんなのは私らしくない。
諦めと引き換えに、 感情を抑える術を身につけたはずじゃなかったのか?
なのに、 たっくんと再会してからの私は、 こんなにも脆くて醜い。
「なんだよ…… そんなこと言うなよ。 小夏はいつも夢みてて、 無鉄砲で…… ダメっていうのに俺の後を追いかけて来て…… それがお前だろっ! 」
「そんなのは昔のことで、 今の私じゃない! 」
「同じだよ! 気持ちを誤魔化すなよ! ずっと俺のことを覚えてたんだろ? 好きだったんだろ? 俺だってお前のことが好きだって言ってんじゃん! 好きなモン同士が再会して、 これでハッピーエンドなはずだろ? どうしてそれじゃダメなんだよ! 」
「だけどっ! だけど…… 苦しいんだよ…… 」
会えない日々は確かに苦しかったけど…… どうしてなんだろう、 会ってしまった今の方が、 それよりもっともっと苦しいんだ……。
「今朝…… 」
「えっ? 」
「今朝、 小夏の下駄箱の貼り紙を見た時に、 心臓が止まるかと思った」
たっくんはソファーにトサッともたれ掛かると、 おもむろに今朝の話を始めた。
どうやら私を納得させるために、 順を追って説明するつもりらしい。
私もそれは聞きたかった事だったので、 黙って耳を傾けることにした。