15、 これってシンデレラっぽくね?
「おい、 お前たち、 何やってるんだ! 」
下駄箱の人だかりに気付いて、 男の先生が駆け寄ってきた。
この先生の名前は記憶にないけれど、 確か生徒指導だったはずだ。
先生は輪の中心にいる私たちを見ると、 真っ直ぐたっくんに向かって歩いてきて、 目の前で立ち止まった。
「和倉、 なんだその目は。 カラコンか? ちょっと来い」
顎をしゃくってたっくんだけを連れ出そうとしたから、 私は慌ててその前に立ちはだかった。
「先生、 違います! 彼の目は元々ブルーなんです! 」
「はあ? 昨日までは普通の色だっただろう」
「普通って何なんですか? この色が彼の普通の色なんです! 」
私が必死で訴えていたら、 たっくんが手で止めた。
「小夏、 もういいよ。 コイツはお前の下駄箱に入ってる土よりも俺の目の方に興味があるんだとよ」
「和倉、 なんだって?! お前はなぁ、 入学早々女子を侍らせて、 悪目立ちし過ぎなんだよ! それになんだ、 その服装は! ブレザーのボタンを留めてないじゃないか! そんなんじゃ特進クラスにいられなくなるぞ! とりあえず職員室まで来い! 」
先生はたっくんの言葉どおり、 私の下駄箱には目もくれず、 たっくんだけを連行して行った。
私も追いかけようとしたけれど、 たっくんに来るなと言われ、 千代美と清香には腕を引いて止められた。
ホームルームの時間のチャイムが鳴って、 私は土がてんこ盛りになった上靴を下駄箱に閉じ込めたまま、 来客用スリッパを履いて、 ペタンペタンと教室へと向かった。
1時間目の授業が終わって、 さて靴をどうしようかと思っていたら、 たっくんが真新しい上靴を持って現れた。
「ほら、 これに履き替えろよ。 お前の足、 小っちゃいのな。 22センチってお子ちゃまかよ」
「お子ちゃまサイズで悪かったですね…… って、 その靴、 どうしたの? 」
「購買で買ってきた。 ほら、 早く履けよ」
「ありがとう…… いくらだった? 」
「いらねえよ。 お前んちにはいっぱい世話になったからな」
「そんなの…… 」
「とりあえず履けって! 」
たっくんは私の足元にひざまずき、 スリッパを脱がせ、 つま先だけが赤い上靴に私の右足を差し入れた。
「これってさ、 シンデレラっぽくね? …… なんかいいな、 こういうのって。 絵本の王子様になれた気分」
そう言って下から見上げたたっくんは、 まさしく王子様のように美しかった。
「たっくん、 どうして私の靴のサイズを知ってたんだろう」
自分の教室に戻って行くたっくんを見送ってから私がポツリと呟いたら、
「そりゃあ下駄箱に見に行ったんじゃないの? 」
清香が廊下に顔だけ出して隣の教室を窺いながら、 そう言った。
「えっ、 わざわざ? この靴を買うために? 」
「そう。 わざわざ行ったんでしょうね。 …… 私、 最初は和倉くんのこと、 遊び人っぽくて胡散臭いって思ってたけど、 印象が変わったかも。 少なくとも小夏に対してだけは一生懸命よね。 狼みたいな雰囲気のくせに、 やってる事は忠犬ハチ公なんだもの」
その清香の言葉を裏付けるかのように、 たっくんはその後も休み時間のたびにB組に現れ、 「大丈夫だった? 」、 「困ってることとか無い? 」 と何度も聞いて、 チャイムが鳴るまで居座った。
お昼休みも当たり前のように私の隣に机をくっつけて座り、 私のお弁当のおかずを横取りしてはニコニコと満足げにしている。
帰りに恐るおそる下駄箱を開けたら、 中にあった上靴もバナナの皮も土も、 綺麗さっぱり無くなっていた。
「これ…… もしかして、 たっくんが? 」
「当然。 元々は俺のせいだし…… 俺は小夏の彼氏だしな」
『彼氏だしな』と言う時だけ、 ちょっと照れ臭そうに目を伏せて、 鼻の頭を掻いた。
隣にいる千代美と清香の目が、『良かったね』とでも言うように、 優しく微笑んでいた。
「あっ、 俺、 ちょっと用事があるから学校に戻るわ」
4人で駅に向かって歩いていたら、 急にたっくんが立ち止まった。
「えっ、 用事って? 」
「ん? 忘れ物。 それじゃ小夏、 気を付けて帰れよ! 」
そのまま今来た道をダッシュで戻って行く。
「小夏、 めちゃくちゃ大事にされてるね」
小さくなって行くたっくんの後ろ姿を見つめながら、 千代美がしみじみという感じでそう言った。
「私もそう思う。 今日もずっと、 小夏が嫌な目に遭ってないか、 心配して来てくれてたんじゃないかしら」
清香の言葉を聞いてハッとした。
ーー そういえば、 朝のとき以来、 彼女たちの姿を見ていない。
なんだか予感めいたものがあって、 このまま帰ってはいけないような気がした。
「千代美、 清香…… 私、 行ってくる」
「えっ?! 」
「ちょっと、 小夏! 」
唖然としている2人を置いて、 私はもう見えなくなっているたっくんの背中を追いかけた。