13、 青と黒、 どっちがいいの?
『駅の改札を出たところで』
待ち合わせ場所が曖昧だったから、 ちゃんと会えるか心配だったけれど、 そんな心配は全くの無用だった。
私たちが駅の改札を通り抜ける前に、 近くの柱のところに人垣が出来ているのが目に入ってきたから。
そして、 その中心で、 腕組みしながら柱にもたれているたっくんが見えたから。
「小夏…… あなたの彼氏、 訪日したばかりの外タレなんじゃないの? 」
清香が半分本気の口調で呟いた。
千代美と清香には昨夜のうちに電話をして、 心配をかけたことへの謝罪と、 たっくんと付き合うことになったということを伝えた。
そしてここへ来る電車の中でも事の詳細を話して、 駅で待ち合わせをしていると言ってあるので、 たっくんがそこにいること自体にはビックリしていないはずだ。
ただ…… 今日からたっくんが青い瞳になっているということを、 伝え忘れていた。
***
「青と黒、 どっちがいいの? 」
昨日、 アパートから駅まで私を送る道すがら、 たっくんがそう聞いてきた。
「えっ、 どういうこと? 」
「俺の目…… 小夏は青い方が好きなんだろ? 学校でも青い方がいい? 」
「そりゃあ、 私はいつでも青い方がいいと思うけど…… 」
『こんなに綺麗な瞳を隠してしまうなんて勿体無い』
私がアパートでそう言ったから、 たっくんは気にしたのかも知れない。
だけど、 わざわざカラコンをしていたのには理由があるんだろうし、 だったら私の好みで決めていいものではないだろう。
「私と2人でいる時は本当の姿でいて欲しいけれど、 学校で隠してる方が都合がいいのなら、 そうして。 私の好みは二の次でいいよ」
「…… いや、 お前の好みが最優先だろ」
そんなイケメンなセリフを吐かれて、 一瞬で顔面が茹で蛸のようになった。
「…… じゃ、 たっくんの好きな方で」
「そんじゃ、 俺が好きな小夏が好きだって言う青で」
***
「えっと…… こちらが長谷千代美さんと野田清香さん。 2人とも中学からの親友」
私たちが改札から出てきたのを目ざとく見つけ、 たっくんが女子を掻き分け歩いて来たので、 まずは親友2人を紹介することにした。
「それでこちらが、 月島…… じゃなくて…… たっくん、 今の苗字って何だったっけ? 」
「和倉。 2人とも、 初めまして…… じゃないよな」
私がちゃんと紹介する前に、 たっくんが親友2人に勝手に話し出した。
「ええ、 前に校門で会ってるわ。 あなたが女の子を侍らせてた時に居合わせて」
「侍らせてたんじゃなくて付き纏われてたんだけど」
いきなり清香とたっくんの間で静かに火花が散っている。
昨日電話でたっくんと付き合うことになったと報告した時、 清香は声のトーンを少し落として言っていた。
『ごめんね、 小夏。 あなたがそれで幸せなのならいいと思うけれど、 私はまだあの人が信用しきれないの。 しばらく様子を見て、 あの人が小夏に相応しくないと思ったら、 速攻で反対するわよ』
だから今はまだ警戒中といったところなんだろう。
「まあまあ2人とも、 せっかく小夏が初恋の人とカレカノになれたんだから、 楽しくいこうよ。 ほら、 早く行かないと遅刻しちゃうよ! 」
千代美が必死に空気を和ませてくれたところで、 4人で学校へ向かうことにした。
さあ行こうと一歩進み出たところで、 私たちは駅の構内で沢山の生徒に遠巻きにされていたことに気付いた。
私や千代美たちは一瞬たじろいだけれど、 たっくんはこういう事に慣れているのか、 ポケットに片手を突っ込んだまま、 真っ直ぐ突き進んでいく。
たっくんが一睨みしたところから人が後ずさりして、 道が拓かれていく。
その真ん中を堂々と歩くたっくんと、 少し前屈みになりながら、 申し訳なさそうに付いていく私たち。
たっくんを先頭にギャラリーの輪に切り込みを入れるようにして、 私たちは外に出た。
ーー たっくんと一緒にいるということは、 こうやって注目されるって言うことなんだ……。
たっくんと付き合うと決めてから初日となる登校は、 嬉しいとかはしゃぐとかと言うよりも、 不安や恐怖の方が心を占めていた。
ーー だけど、 もう私はたっくんと再会する前の私には戻れない…… 。
だから私は足を速めてたっくんの隣に追いつくと、 背筋を伸ばして顔を上げて、 前に向かって歩き出した。