12、 俺の彼女になる?
マナーモードにされているらしいたっくんのスマホは、 ガラス製のセンターテーブルの上で、 低く唸りながら振動を続けている。
「電話…… 鳴ってるよ」
画面の表示をチラッと見たくせに、 知らん顔をしているたっくんにそう言うと、「チッ」と舌打ちをしてから苦々しそうに、「知ってるよ」とだけ答えた。
スマホは一旦静かになり、 数秒後にまた震えだした。
再び『紗良』の表示。
たっくんは今度はすぐにスマホを手に取り電話を切って、 続けざまに電源をオフにする。
「…… いいの? 電話に出なくて」
「いいんだよ」
「ふ〜ん…… そう」
ーー あっ、 今の言い方って、 なんだか妬いてるっぽく聞こえたかも。
彼女でもないのに、 なんだか嫌だな…… と自分で思っていたら、 やっぱりたっくんにもそう受け取られていたらしい。
「あのさ…… 違うから」
「えっ? 」
「今の…… 関係ないから」
「…… ああ、 別にいいよ。 たっくんがモテるのはもう知ってるし」
ーー あっ、 私また、 嫌な言い方した。
さっきの教室での、 川田さん達のやり取りを思い出す。
『和倉くんは特定の彼女は作らないでしょ』
『折原さんは、 そういうタイプじゃないでしょ』
『折原さんは真面目っぽいもんね』
なんだか胸がモヤッとして、 さっきまで暖かいもので満たされていた心が、 急に冷え込んだような気がした。
「あの…… 私、 もう帰るね。 お邪魔しました」
カバンを掴んで立ち上がろうとしたら、 その腕をグイッと引っ張って戻された。
「ちょっと待てよ、 だから違うって! 」
「私は別に…… 」
「俺はずっと小夏だけだから! 信じろよ! 」
腕を掴んだまま必死になって訴えるその表情は、 真剣そのものだ。
だけど……。
「だったらなぜ、 いつもあんな風に女の子たちに囲まれてるの? あの人たちはたっくんの何? 」
こんな言い方をしたら、 たっくんはきっと、 私がヤキモチを妬いていると思うだろう。
だけど仕方がない。 だって私は実際、 見知らぬ『紗良』さんにも、 取り巻きの女子にも妬いているんだ。
どんどん顔が赤くなっていく私を見て、 たっくんがハッと目を見開いた。
「小夏…… やっぱりお前、 俺のことが好きなんじゃねえの? 」
「…………。」
「なあ、 お前、 俺のことが好きなんだろ? 」
もう観念するしかない。
私が黙って頷くと、 たっくんはパアッと表情を明るくして、 私の両肩をガシッと掴んだ。
「好きなの? 小夏が? 俺のことを? 」
私はますます赤くなりながら、 もう一度コクコクと頷く。
「…………ったあっ! よっしゃ! 」
ーー あっ、 たっくんの笑顔だ……。
私が大好きだった、ひまわりの笑顔。
青空を写したビー玉のような瞳に、 ひまわりのような輝く笑顔……。
「たっくん…… 好き…… 」
思わず口から溢れた言葉に、 私もたっくんも驚いて、 そして不思議な表情で見つめあった。
「小夏…… 俺のこと、 好きって言った」
「…… うん」
コクコクと頷く。
「小夏は俺のことを、 好きになった」
「うん…… 好きになった」
ーー うん、 好きになった。 ずっと…… 大好きだった。
「小夏…… 」
たっくんにそっと抱き寄せられて、 私も背中に腕を回すと、 ギュッと力を込めた。
「小夏…… 俺もお前のこと、 大好き…… 」
何度も何度も耳元で私の名を呟かれて、 身体中が甘い痺れで満たされていく。
ーー これは2度目の初恋だ……。
たっくんのことが好きで好きで大好きで、 この人のためならどうなってもいいと、 愚かなほどに夢中になっていた幼い日の恋。
気になって気になって仕方がなくて、 戸惑い恐れながらも、 やはり近付かずにはいられない今の複雑な気持ち。
この感情を一言で言い表すのは難しいけれど、 やっぱりこれも、『恋』なんだろうと思う。
幼い頃からたっくんのことが大好きだった私は、 今また同じ人に恋をした。
だから結局のところ私は、 彼にずっと恋をし続けていると言うことなんだろう……。
「小夏…… 俺の彼女になる? 」
甘く囁かれて、 今度は迷わず頷いた。
「うん…… たっくんの彼女になる…… 」
そっと身体を離されて、 彼の黒い睫毛が伏せられた。
私も目を閉じたら、 柔らかくて懐かしい彼の唇が触れた。
6年ぶりの口づけは、 甘くて深いムスクの香りがした。