10、 もう俺のことを好きじゃないの?
しばらく言葉が出なかった。
だって青い瞳だった人が、 再会した時には黒い瞳に変わっていて、 それがたった今、 私の目の前で、 一瞬にしてまた青色に戻っていて……。
瞳の色を変えるコンタクトレンズがあるというのは知っていたけれど、 そんなのは芸能人とか特殊な人がするものだと思っていた。
まさかたっくんが…… どうして?
だけどそれよりも、 久しぶりに目の前に現れた透明感のあるブルーはやっぱり魅力的で、 私の視線を否応なく釘付けにしてしまう。
ーー うん、 これが…… この瞳が、 私が会いたかったたっくんの色だ。
「ハハッ、 オマエってホントに分かりやすいな。 さっきまでと全然表情が違うんだもんな。 そんなにこの目がいいの? 」
「…… うん、 好き。 たっくんの色だ…… 」
臆面もなくそう答えたら、 たっくんが薄っすら頬を赤らめて、 満足げに目を細めた。
その魅力的な瞳を見せつけるかのように、 コツンとおでこをくっつけて、 至近距離からじっと見つめてくる。
「お前、 やっと言ったな」
「えっ? 」
「俺のこと、 好きって言った…… 」
囁くようにそう言うと、 合わせていた額を離して、 人差し指で私の顎をクイッと上げる。
ーー えっ、 この状況って……。
睫毛を伏せたたっくんの顔が、 斜めに角度をつけて近付いてくる。
「ちょ…… ちょっと待って! 」
顔の前で両腕を交差させてガードしたら、 たっくんが「お前…… 」と言いながら、 その腕を掻き分けた。
腕の隙間から私の目を覗き込み、 呆れた表情で1つ溜息をつく。
「お前なぁ…… 恋人の情緒もへったくれも無いな」
「こっ…… 恋人?! 」
「えっ? …… 恋人だろ? お前は俺のもんじゃないの? まさか他に男が出来たのかよっ! 」
「出来てない! 男とかいないからっ!…… だけど、 そんな子供の時のこと…… 」
「子供だろうが何だろうが、 俺はずっと小夏だけだし、 お前は俺のもんだって思ってる。 だけどお前はそうじゃないの? もう俺のことを好きじゃないの? 」
「私は…… 」
私はどうなんだろう?
今のたっくんをどう思っているんだろう?
私は保育園で出会った時からたっくんのことが好きで、 会えなくなってからもずっと想い続けていて……。
だけど、 私が知っているのは9歳までのたっくんで、 私の記憶の中で微笑みかけてくれていたのも、 あの頃のたっくんで……。
それじゃあ、 私の目の前にいる彼は、 私が好きだったたっくんでは無いんだろうか?
私はこの人と…… どうなりたいんだろう?
「ごめんなさい…… 私、 どうしても昔のたっくんの面影を追いかけちゃって……。だって私は、 今のたっくんの事を、 何も知らない…… 」
私がそう言うと、 たっくんは途端に顔をしかめて、 身体をソファーの背に沈めた。
「くそっ…… ライバルが昔の自分かよ…… そんなのどうしろって言うんだよ」
吐き捨てるように言うと、 ペットボトルの水を飲み干して、 空になった容器を部屋の隅のゴミ箱に向かって投げつけた。
ボトルはゴミ箱の縁に当たって弾かれて、 フローリングの床にコロコロと転がっていく。
「そんな乱暴に投げちゃ…… それに、 ペットボトルはリサイクルだよ」
ボトルを拾いに行こうと腰を浮かしかけたら、 手首を掴んでグイッと引き戻された。
ボスッとソファーに身体が沈んで倒れ込んだ私の顔を、 上からたっくんの両腕が挟み込む。
ブルーの瞳が微かに揺れて、 怒りとも哀しみとも見える色を纏った。
「それじゃあ俺って何なの? 俺は誰なんだよ! どうしたらこの俺を好きになるんだよ! 」
「たっくん…… 」
「なあ小夏、 俺のこと…… 好きになってよ…… 」
そう言って、 上からゆっくり抱きついてきた。
身体にのし掛かる大きな身体と体重は、 彼がもう9歳の少年ではないのだと教えてきたけれど、 縋るように私の頬に顔をこすりつけている姿は、 どこか幼く憐れに見えた。
私はたっくんの背中に腕を回して、 ポン、 ポン…… と一定のリズムで静かに叩き続けた。
彼の髪から漂ってきたのは、深くて魅惑的な大人の整髪料の香りだった。