8、 なんか似てるだろ?
私の家から反対方面に向かう電車は、 学校帰りの生徒達で溢れかえっていた。
座席に座れなかった私たちは、 ドアの近くの手すりに掴まって、 だけど片手だけはしっかり繋いだまま、 黙って向かい合って立っている。
他校の制服を着た女生徒が、 たっくんをチラチラ見ながらお互いに耳打ちしている。
きっと、「あの人カッコいいね」、「一緒にいる子、 彼女かな」、 「えっ、 でも不釣り合いじゃない? 」なんて会話が繰り広げられているんだろう。
またチラッとこちらを見て、 私と目があった途端、 気まずそうに目を逸らされた。
同じ高校の生徒も乗っている車内で堂々と手を繋ぐなんて、 噂にして下さいと言っているようなものだ。
狂気の沙汰とは思うけれど、 今この手を振りほどいたら、 たっくんが何も話してくれなくなるような気がして、 絡めた指をほどくことが出来なかった。
「次で降りるから」
「…… うん」
学校の最寄り駅から東に3駅。『山中』という駅で下車すると、 たっくんは北口から出てロータリーを横切り、 慣れた足取りで進んで行く。
商店街のアーケードをくぐった所で立ち止まって私の顔を見ると、「なんか似てるだろ?…… ここ」と、 ようやく笑顔を見せた。
私もちょうど同じことを思っていたところだったから、 言われてすぐに頷いた。
「うん、 ここって『鶴ヶ丘商店街』に似てる」
古びたアーケードに、 昔ながらの八百屋や喫茶店。
全体的に漂うレトロな雰囲気が、 私たちが母親に連れられて買い物をした、 あの商店街を思い起こさせる。
「…… だろ? だからここを選んだんだ…… 」
ちょっと自慢げにそう言うと、 たっくんはまた歩き出す。
『ここを選んだ』と言うことは、 この近くに住んでいるということなのだろうか……。
商店街の途中で細い道に入り、 しばらくしてから左に曲がると、 途端に静かな住宅街になった。
そこにある2階建のコーポ式アパートの前で止まり、 「ここなんだけど…… 上がれる? 」と言われて、 そこにあるのが私の苦手とするスケルトンタイプの階段だと気付いた。
「1階にしとけば良かったな。 まさか小夏に会えるなんて思ってなかったから…… 」
すごく申し訳なさそうな顔で、 階段を見上げている。
「大丈夫だよ」
「えっ? 」
「たっくんと一緒なら大丈夫。 滑り台だってちゃんと登れたでしょ? 」
「うん…… そうだな」
私の言葉に心底嬉しそうに目を細めて、 たっくんは握る手にギュッと力を込めた。
私はたっくんに手を引かれ、 1段ずつゆっくりと階段に足を掛けて行く。
何度も振り返りながら心配そうに見守るたっくんは、 まるでお姫様をエスコートする王子様のようだった。
「…… ここ、 俺が住んでるアパート」
2階の一番奥の部屋の前で立ち止まり、 カバンから鍵を取り出す。
「穂華さんは? お仕事? 」
なんの気なしに聞いてみただけだったけれど、 その瞬間、 たっくんの目に険しいものが宿った。
「…… 知らね」
そう言いながらドアを開け、 「入って」と中に顎をしゃくる。
さっきまでの柔らかい雰囲気が消えたのを見て、 私は言ってはいけない言葉を発してしまったのだと思った。
アパートは10畳の1LDKで、 黒っぽい家具で統一された部屋は、 どう見ても男の子の1人暮らしのそれだった。
「そこに座って」
2人掛けのカジュアルソファーに座って待っていると、 目の前のガラステーブルに水のペットボトルがトンと置かれた。
「ごめん…… グラスが無くて。 飲み物はマグカップ1個で事足りるから、 買ってないんだ」
その一言で、 1人暮らしだということが確定した。
たっくんはソファーをギシッと軋ませながら私の隣に座ると、 手にしていたペットボトルの蓋を開け、 水をゴクゴクと飲んだ。
蓋をしながらニコッと私の顔を覗き込む。
「えっ? …… なっ、 何? 」
至近距離でジッと見つめられてドギマギしていたら、
「…… 夢みたいだな」
掲示板で再会した時と同じ言葉を呟き、 ふんわりと微笑んだ。
私を見つめる瞳はどこまでも甘く柔らかく、 だけど、 やっぱり黒かった。
そう、 たっくんの瞳は、 どうしてブルーじゃないの?
あの青空を写したようなキレイなガラス玉の輝きは、 どうしてしまったの?
私はそれを聞くために、 ここに来たんだ……。
「あのね、 たっくん……あっ! 」
思い切って口を開こうとした瞬間、 力強く抱き締められて、 私の言葉は空を切った。