7、 俺のことを知りたいの?
「ねえねえ、 折原さんって和倉くんとどういう関係なの? 幼馴染とか従兄妹とか? 」
帰りのHRが終わって教科書をカバンに片付けていたら、 同じクラスの女子3人組に机を取り囲まれた。
「和倉くん? 」
馴染みのない名前に首を傾げたら、
「えっ、 一緒にお昼を食べてたでしょ? 和倉拓巳くんと」
そう言われて、 皆が言ってるのがたっくんのことなのだと気付いた。
「ああ…… 昔、 近所に住んでたことがあって…… 」
どこまで正直に話していいものかと考えながら、 とりあえず一番無難な答えを口にした。
「ああ、 そうなんだ〜。 凄く仲良さそうだから、 彼女なのかと思っちゃった」
「ええっ?! でも、 和倉くんは特定の彼女は作らないでしょ」
「あっ、 そうか。 それに折原さんは、 そういうタイプじゃないでしょ」
「そうだよね〜。 折原さんは真面目っぽいもんね」
3人はクスクス笑いながら、 私を無視して内輪で盛り上がっている。
話が終わったのなら早く解放して欲しい。
もう私に用は無いのだろうと腰を浮かしかけたら、 3人のうちの1人が思い出したように話しかけてきた。
確か川田さんとかいう名前だったか……。
「折原さん、 幼馴染なら仕方ないかも知れないけどね、 あまり和倉くんと仲良くしてると、 先輩に目をつけられるよ」
「えっ、 先輩? 」
「そう。 私たちは和倉くんと同じ中学だったんだけどね…… 」
「おい、 小夏、 帰るぞ」
急に名前を呼ばれて顔を向けると、 前の方のドアに片手を掛けて、 たっくんが立っていた。
女子3人組は、 たっくんと目が合うと気まずそうに黙り込んで、 そそくさと離れて行く。
ーー 彼女たちは一体何がしたかったんだ。
さんざん思わせぶりな事を言っておいて、 肝心なことは何一つ教えてくれていない。
たっくんがモテることも、 派手な取り巻きがいる事も、 昨日と今日の2日間だけで充分わかった。
私が知りたいのは、 もっと違うこと…… 例えば、 最後に会った雪の夜のこと、 たっくんの空白の6年間、名字が変わった理由、 そして、 髪と目の色のこと……。
それに、 彼女たちがたっくんと同じ中学校にいて顔見知りだと言うのなら、 何も逃げるように去っていくことはないじゃないか。
たっくんの顔を見て挨拶することも出来ないのなら、 訳知り顔で語らないで欲しい。
ーーだけど……。
私は、 そんな彼女たちよりも、 今のたっくんの事を何一つ知らないんだ……。
気付くと目の前にたっくんが立っていて、 私をジッと見下ろしていた。
「小夏、 また空想の世界にワープしてたの? 」
クスクス笑いながら、 机の上から私の青いペンケースを手に取った。
「空想してないしワープもしてません! ペンケースを返してもらえます? 」
「…… また敬語に戻ってる」
ーー はあ…… そんなのどっちだっていい。
さっきの川田さんたちとのやり取りのせいだろうか、 たっくんに対して妙に苛立つ自分がいる。
たっくんもさっきの彼女たちと同じだ。
本当に知りたいことを何も教えてくれない……。
「ペンケースを返して。 それと、 私はあなたと一緒に帰る約束をした覚えはないし、 あなたの住んでるところも知らない」
するとたっくんは目の前にペンケースを差し出して、 私の目を真っ直ぐに見据えて言った。
「小夏は俺のことを知りたいの? 」
私がペンケースを受け取り、 黙ってコクリと頷くと、
「…… 一緒に来いよ」
その瞳に真剣な光を宿らせて、 スッと右手を差し出した。
「うん…… 行く」
私がその手を握り返したら、 何気ないフリで様子を窺っていたクラスメイトから短い口笛が上がり、 「えっ!」とか「マジか! 」と言う声が聞こえた。
「小夏! 」
「ちょっと、 小夏! 」
心配そうに呼びかけた千代美と清香を振り返り、 「ごめん、 行ってくる! 」とだけ言うと、 手を引いて歩き出すたっくんに遅れないよう、 慌ててカバンを手に取った。
廊下に出たら、 たっくんの取り巻きらしい派手な集団がいて、 その中心にいる、 赤い口紅をした大人っぽい女子生徒がたっくんの名を呼んだ。
たっくんが彼女を無視して目の前を通過すると、 彼女はたっくんと繋がれた私の手をチラッと見てから、 私を睨みつけてきた。
この人が川田さんの言っていた『先輩』なのかな…… 思いっきり目をつけられたな…… って思ったけれど、 不思議と怖さは感じなかった。
私にはそれよりも、 これからたっくんに教えてもらえるであろう事の方が重要で、 逸る心臓がドクンドクンと騒ぎ立てていた。
生徒の注目を集めるなか、 たっくんに手を引かれ、ザワめく廊下をぐんぐん進む。
「小夏、 ウザいからとっとと抜けるぞ」
「うん! 」
2人で手を繋いだまま走り出すと、 周りの景色が見えなくなって、 私の心は幼いあの頃に戻って行った。