6、 一緒にメシ食わね?
たっくんはB組の教室の前でようやくカバンを返すと、 「それじゃ、 また後でな」と言って自分の教室に入っていった。
ーー 後でな…… って、 また後で会いに来る気?
学校で話し掛けないで…… って言ったの聞いてなかったの?!
唖然として廊下に立ち尽くしていたら、 ようやく追いついた千代美と清香が、 たっくんのいるA組の方を振り返りながら微妙な表情をした。
「ビックリしたね…… さっきのアレ。『お前ら、 もう俺に近寄るな』…… って、 あんなハッキリ言っちゃうんだ」
「小夏がいなくなった後、 凄かったのよ。 門のところでみんな騒然としちゃって。 『あの子は拓巳の何なの? 』とか言っちゃってて怖かったから、 追求される前に千代美と小走りで逃げてきたの」
「2人とも、 巻き込んでごめん…… 」
3人で溜息をつきながら教室に入ったら、 いきなり空気がザワついた。
つい先程起こったばかりの出来事が、 もうクラスでも噂になっているらしい。
平穏なはずの高校生活が早々に掻き乱されて、 その原因であるたっくんを腹立たしく思った。
ずっと心の真ん中に居座っていて、 心の棘となって私を苦しめていた存在。
その反面、 会いたくて会いたくて仕方なくて、 夢に現れた日は切なくて苦しくて、 夜中に何度も枕を濡らした。
だから図書館で彼がたっくんだと分かった時には嬉しかったし感動したけれど、 驚くことに、 一夜明けてみたら、 今の私が彼に向ける感情には、 恋情や思慕といったものが全くと言っていいほど無かった。
6年間ずっと温めてきた想いは、 あの恋い焦がれた熱い気持ちは、 思い出の中のたっくんにしか向けられていなかったのか…… 。
たっくんにぶつけるはずだった想いは、 急に行き場をなくして、 プカプカと宙に浮いてしまったようだった。
「小夏、 一緒にメシ食わね? 」
高校生活初めてのランチタイム。
千代美と清香と3人で机をくっつけてお弁当を広げていたら、 たっくんがパンを持って現れた。
「…… 一緒にメシ食わねえです」
丁重にお断りしたのに、 たっくんはフンと鼻で笑って、 空いている机を勝手に運んできて、 ガタガタと私の机の隣にくっつけた。
なんたる強引さ!
「あなたの教室は隣じゃないんですか? 」
「隣だから、 こうして貴重な休み時間にせっせと会いに来るんだろ」
ーー ダメだ、 この人。 会話が噛み合ってない。
ここで言い合いをしていても余計に注目を浴びるだけなので、 とりあえず今回は黙って受け流すことにして、 黙々と食事を開始した。
「おっ、 卵焼き! 1個もらっていい? 」
たっくんが私のお弁当箱を覗き込んで、 黄色い卵焼きをジッと見つめている。
「えっ? あっ…… どうぞ」
少しだけ彼の方にお弁当箱をずらしてあげたら、 「やった! 」と1個だけヒョイっと摘んで口に放り込んだ。
「…………。 」
ーー えっ、 無言?! 味付けミスった?
自分で味見をしようと箸を持った時、 隣から小さな声で何か言うのが聞こえた。
「……の…… だ」
「えっ? 」
「懐かしいな…… 早苗さんの味だ…… 」
ハッとして横を見ると、 たっくんが目を細めて、 フワッと柔らかく微笑んでいた。
その優しい表情は、 確かにたっくんが昔よく浮かべていたそれで、 私の記憶は一瞬にして小学生の幼いあの時に巻き戻される。
朝が弱い穂華さんに代わって、 遠足や運動会の日のお弁当は、 いつも母が作ってくれていた。
『私はねぇ、 卵焼きと唐揚げがいいなぁ』
『俺はタコさんウインナーとウサギのリンゴ! 』
私とたっくんのおかずの希望をニコニコしながら聞いていた母は、『そんなに色々は無理よ』と言いながら、 それでもイベントの当日には、 私たちが勝手気ままに希望したそのおかずをギッシリ詰め込んだお弁当を持たせてくれたのだった。
「……なつ? …… 小夏、 大丈夫か? 」
思考がすっかり過去のあの頃に飛んでいた私は、 たっくんによって現実に引き戻された。
「えっ? …… ああ…… たっくん、 卵焼き美味しかった? 」
「ああ、 めちゃくちゃ美味しかった! 早苗さんの味、 変わってないのな」
「ふふっ、 それね、 私が作ったんだよ」
「えっ、 小夏が? 嘘だろ、 お前、 料理なんか出来なかったじゃん」
「たっくん、 私はもうあの頃の小さな小夏じゃないんだよ。 6年間の間に料理を覚えたし、 三つ編みだって自分で出来るようになった」
私のその言葉にたっくんは少し寂しそうな目をして、 私の髪に手を伸ばしてきた。
「それでもお前は…… 変わってないよ」
「あっ…… えっ?! 」
片方のおさげを手に取って、 親指で愛おしそうに撫でる。
懐かしいその仕草に、 私は触れられたところから全身に熱が伝わっていくのを感じた。
「お前は変わらないでよ…… 小夏」
指で触れていたそこに唇を寄せながら見上げてきた瞳は、 どこまでも真っ黒で、 ゾクゾクするほど色っぽかった。