5、 アイツらがいなかったらいいの?
それは、 見るからに華やかな集団だった。
たっくん自身が目立つ容姿なのはもちろん、 取り囲んでいる女子も、 髪の毛先がクルンと巻かれていたり、 制服の着こなしがオシャレだったりで、 その一帯だけが輝いているようだ。
それこそ少女漫画なら、 背景に薔薇の花を背負っていそうな……。
その集団を置いてきぼりにして、 たっくんは平然とこちらに歩いてくる。
派手と地味との遭遇だ。
「ほら小夏、『ふるふる』しようぜ」
私の前まで来て立ち止まり、 ポケットからスマホを取り出すと、 目の前に突き出して『ふるふる』と揺らしてみせる。
「あの…… 『ふるふる』って…… 」
ゼリーかプリンの名前みたいな事を言われて戸惑っていると、 横から清香が助け舟を出してくれた。
「あの…… 『たっくん』さん、 この子、 まだガラケーしか持ってないんです」
それを聞いたたっくんが、 バッと私を見て目を見開くと、 大袈裟に驚いてみせる。
「えっ、 小夏、 お前、 いまだにスマホじゃねえの? いつの時代だよ」
ーー いつの時代って、 今の時代だよっ!
「あの…… 連絡を取るには携帯電話があれば事足りるので。 でも、 ちょうど良かったです。 私もあなたの連絡先を知りたいと思っていたので…… 」
「おい、 ちょっと待てよ! 」
「えっ? 」
「小夏、 お前どうして俺に敬語を使ってんの? なんでそんなに他人行儀なんだよ、 変だろ」
ーー 変と言われても……。
だって正直いうと、 この人がたっくんだという実感がいまだに湧かないのだ。
たっくんだというのを疑ってはいない。
だけど、 全体に纏っている退廃的な空気とこの容姿が、 私の知っているたっくんとあまりにもかけ離れていて、 警戒を完全に解いてはいけないと、 心のどこかで叫んでいる。
「ふ〜ん…… そういう態度を取るんだ」
私が黙り込んだのが気に入らなかったのか、 彼は少し目を細めて眉根 を寄せると、 私の両肩に手を乗せた。
「冷たいんだな〜、 小夏は! この前は俺の胸に顔を埋めて喜びの涙を流したのに! 」
「ちょ…… ちょっと! 」
この人は公衆の面前でなんて事を言うんだ!
しかもコレ、 わざと大声で言ってるよね。
「ちょっとたっくん、 誤解されるような言い方をしないでもらえる?! 」
「えっ? 俺って嘘はついてないよな」
「嘘じゃないけど! 合ってるけど! いや…… っていうか、 言い方! 」
「それじゃあ、 敬語をやめてくれる? 」
「…… はい、 分かりました」
「はあ?! 」
「…… うん、 分かった」
たっくんは「よろしい」と言ってようやく笑顔を見せると、 スマホのアドレスを開いて、 私のメアドと電話番号を登録した。
そしてすぐさま私に電話を掛けてきて、「それ俺の番号だから。 いつでも電話して」とウインクして見せた。
ーー ウインクって……。
やっぱりこの人は、 たっくんだけど、 たっくんじゃない。
「そんじゃ、 行こうか」
私がまた頭の中でいろいろ考えていたら、 たっくんが私のカバンを手に取って先に歩き出した。
「えっ、 ちょっと! 」
「なに? 」
「そういう事をされると困ります! 」
「言葉遣い! 」
「えっと…… 困る! 」
「カバンを持つとなんで困るの? 」
私は返事をする代わりに、 校門の方をチラッと見た。
校門のところにいる集団が、 さっきから腕組みしながらこちらをすっごい目つきで睨んでいる。
目を合わせたら石にされそうだ。
「ああ…… アレか。 気にするな。 アイツらは同中だった奴とか、 前に同中にいた先輩とかだ」
「えっ、 先輩も?! 」
ーー と言うことは、 2年生や3年生もいるのか…… どうりで大人っぽいはずだ。
っていうか、 そんな年上の人達とも付き合いがあるんだ……。
ますます彼が、 私の中のたっくん像とかけ離れていく。
「あの…… 私、 目立ちたくないし、 敵も作りたくないんです。 平和な学校生活のため、 私には学校で話しかけないでもらえますか? 話は今度ゆっくり改めて…… 」
たっくんに手を差し出して、 カバンを返すよう促した。
たっくんはあからさまに不機嫌な顔をしてチッと舌打ちすると、 私にズイッと近寄って、 高いところから見下ろしてきた。
「じゃあさ、 アイツらがいなかったらいいの? 」
「えっ? 」
たっくんはカバンを持ったままクルッと背を向けて、 門に向かって歩き出した。
「えっ、 ちょっと! カバン! 」
私のカバンを右手で肩に乗せたまま、 大股でグングン歩いて行く。
そして門の前まで来ると、 女子の集団に向かって言い放った。
「お前ら、 もう俺に近寄るな、 じゃあな。…… 小夏、 行くぞ」
ーー えっ? ええっ?!
先にスタスタ歩き出したたっくんの後を追いながら、 私は平和な学校生活が完全に失われた事を悟った。