4、 番号教えてくれる?
たっくんがいなくなったあの日、
青い目の王子様があっけなく去り、 魔法が解けた私は、『めでたし、 めでたし』なんていうハッピーエンドは絵本の中だけなんだと悟って、 夢見ることを諦めた。
学校の先生は『教師』と言う名の職業のただの人で、 世話好きなご近所さんは、 噂好きで無責任なだけ。
9歳にして世間の冷たさや狡さを嫌というほど学んだ私は、 大人に期待も憧れもしない、 ちょっと醒めた目で世間を見ている、 可愛げのない子供になった。
そんな私にも、 今ではありがたいことに友達がいる。
長谷千代美と野田清香の2人は、 空想癖があって人付き合いがあまり得意でない私を受け入れてくれる、 中学時代からの貴重な親友だ。
私たちが通っていた中学はクラブ活動必須で、 必ず何らかのクラブに所属しなくてはならなかった。
運動系が苦手な私は『読書クラブ』なるものに入ったのだけど、 そこは『とりあえず所属しただけ』の幽霊部員の巣窟で、 顔を出しているメンバーも殆どは漫画を読んだりゲームをしているだけという有様だった。
そんな中にあって真面目に小説を読んでいたのが千代美と清香と私の3人で、 騒々しい集団を避けて教室の片隅に固まっているうちに仲良くなった。
保育園や小学校の時は、 友達になろうと寄ってきた子の大半がたっくん目当てだった。
最初はニコニコしながら近付いてきても、 私が使えないと分かると、 途端に苦い顔をして離れて行く。
そのあからさまで潔い態度にいっそ清々しながらも、 私自身には彼女たちを惹きつけるものが無いのだと思い知らされ、 幼いなりに傷ついたものだ。
その点、 千代美と清香はたっくんに関係なく私を選んでくれた、 正真正銘の親友だ。
この子はたっくん目当てだろうかと疑心暗鬼になることなく、 自然に打ち解けることが出来たのは、 たっくんと離れて唯一良かった点かも知れない。
中学が一緒ということは地元も同じということで、 私たちは同じ駅から同じ電車に乗って通学している。
入学式翌日の今日も、 3人揃って同じ電車で登校中だ。
「それでどうするの? 今日、 学校で彼に会ったら話しかけてみる? 」
清香に言われて、 私は速攻で首を横に振った。
「無理だし嫌だ。 2人きりならまだしも、 あんなに沢山の女の子に囲まれてるとこに近付けないよ。 それに、 入学早々、 これ以上注目されたくない」
「うん、 凄かったもんね。 掲示板の前で公開ハグ。 私、 あんなのは少女漫画の世界でしかあり得ないと思ってた」
「そうね、 私も見ててドキドキしたわ。 さしずめ小夏がヒロインね」
「ちょっと2人とも、 他人事だと思って盛り上がらないでよ! 」
目立つのが苦手な私は、 中学校でも地味に真面目に学校生活を過ごしてきた。
たっくんといた時に何かと注目され妬まれた反動かも知れない。
まさか、 そのたっくんのせいで初日から注目を浴びる事になるとは思わなかったけれど……。
「小夏を怖がらせるつもりは無いけどさ、 少女漫画のセオリーで行ったら、 今度はあの取り巻きに目をつけられるパターンだよね」
「ちょっと千代美、 小夏がビビっちゃうでしょ! 」
「いや、 もう十分ビビってるって! そんな怖いこと言わないでよ! 」
高校生活は始まったばかりなのに、 目をつけられるとか、 冗談じゃない。
とにかく私の願いは、 地味で平和な高校生活だ。
私たちを乗せた電車は、 乗り換え無しの1駅3分で目的地に到着した。
この駅から学校までは徒歩12分だ。
私たちが陽向高校を選んだ理由の一つが、 このアクセスの良さだった。
駅から歩きながらも、 千代美の恐ろしい話は続く。
「でもさ、 ああいうのをカースト上位って言うの? 思いっきり住む世界が違う! って感じだったよね。 あの子達みんな、 たっくんって子のファンクラブ? とかなのかな? 小夏、 絶対にヤバイって」
「とにかく、 その辺りがハッキリするまでは、 学校では彼と親しくしない方がいいわね。 クラスが違うし、 そんなに顔を合わせることは無いと思うけど…… 」
「…… うん」
そう言って頷いたけれど、 本音を言えば、 たっくんとゆっくり話したいと思っている。
ただしそれは、 『他の生徒が見ていない場所』限定での話だ。
私は昨日たっくんに連絡先を聞いておかなかった事を、 激しく後悔した。
そんな風に話しながらの12分間はあっという間で、 気付くと視線の先に、 4階建ての立派な校舎が見えてきた。
「ちょっと、 あれ! 」
最初に立ち止まったのは千代美で、 それに釣られて私と清香も足を止めると、 視線の先を目で追った。
ーー えっ?!
校門に群がっている、 やけに派手な集団……。
いや、 よく見るとそれは、 校門に群がっているのではなく、 校門にもたれ、 腕を組んで立っている1人の男の子を取り囲んでいるのだった。
「たっくん…… 」
まだ遠くにいる私の小さな呟きが聞こえるはずはないのに、 たっくんはふと顔を上げるとこちらを向いて、 ゆっくり門から体を起こした。
待ちきれないのか、 笑顔でこちらに向かって歩いてくる。
「小夏、 連絡先を聞くの、 忘れてた。 番号教えてくれる? 」
大声でそう言うたっくんの肩越しに、 鋭い視線をビシバシ送ってくる綺麗な集団が見えた。
ああ、 夏の怪談より背中がゾミゾミする……。
私の『地味で平和な高校生活』は、 早くも消え去ろうとしていた。