表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第1章 幼馴染編
5/237

4、 小夏って呼んでもいいだろ?


「さあ、 召し上がれ」


目の前の料理を見て、 たっくんは「わあ…… 」と感嘆(かんたん)の声を上げた。



今日の夕食のメインはカレーライスで、 付け合わせは福神(ふくじん)漬けとらっきょう。


他にもテーブルには、 トマトとオニオンスライスのサラダ、 作り置きしてあった煮卵(にたまご)やレンコンのきんぴらが並んでいる。



折原(おりはら)家のカレーは、 オレンジ色の大きなホーロー鍋でじっくり煮込んだ野菜カレーだ。


一度作ると2日間はカレーが続くことになるのだが、 その代わり2日目は、 牛肉や鶏肉を加えたりして具に変化をつけてくれる。


今日はその2日目カレーの具がトンカツになった。



母は昼間にパン粉をつけて下ごしらえしてあった豚肉を素早く揚げて大皿に盛ると、 これまた大盛りのキャベツと共に、 テーブルの真ん中にドーンと置いた。


これをこのまま食べても良し、 カレーに乗せてカツカレーにしても良しという、 お好みスタイルだ。



私はカレーが好物だったから、 2日続こうが3日続こうが不満はなかったけれど、 我が家の味をたっくんが気に入ってくれるだろうか…… ということが気になって、 なんだか落ち着かなかった。


いや、 それよりも、 こんなに急に誘ってしまって良かったのだろうか……。


もしかしたら無理をしてるんじゃないかと心配になり、 隣に座っているたっくんの横顔を(のぞ)き見たら、 ちょうどこちらを見ていた彼と目が合ってドキッとした。



「凄いね、 これ、 本当に食べてもいいの? 」


パアッと表情を輝かせてそう言ったのを見て、 どうやら迷惑では無さそうだとホッとする。




私の母は、 昔から面倒見のいい人だった。


ふっくらした体型と、 笑うと三日月(みかづき)のようになる目元が安心感を与えるのか、 誰とでもすぐに打ち解けて、 そのうちに愚痴(ぐち)や悩み相談まで受け始める。


そのせいか、 家族で社宅に住んでいた時には同僚(どうりょう)の奥さん連中のまとめ役みたいになっていて、 みんなが家にお茶をしに来たり、 家族でご飯を食べに来たりと、 わりかし人の出入りが多かったように思う。



今回もその面倒見の良さが発動したのだろう。


母は、 ドアの鍵を開けて真っ暗な玄関へ入ろうとしていたたっくんを呼び止めて、 こう言った。



「良かったらうちでご飯を食べない? 」





私の心配をよそに、 たっくんは(すさ)まじい勢いで1杯目のカレーを平らげると、 母の(すす)めに応じて2杯目にも手を出していた。



「おいしい」をひたすら連呼(れんこ)しての見事な食べっぷりに気を良くしたのか、 母は冷蔵庫のタッパーから常備菜(じょうびさい)のサツマイモのレモン煮や()りコンニャクまで出してきて、 たっくんの目の前に次々と並べていく。


最後はうさぎに飾り切りしたリンゴを小皿に乗せて持ってきた。



「わっ、 スゲー! リンゴがうさぎになってる! 」

「気に入った? たっくん、 好きなだけ食べてね」


「ありがとう! …… えっと…… 小夏のお母さん」

「あら、『おばさん』でいいのよ」


「でも、 お母さんが、 女の人をおばさんって呼んじゃダメだって」


「まあ、 そうなの……。 じゃあ、 『早苗(さなえ)さん』とでも呼んでもらおうかしらね。 おばさんの名前は早苗っていうのよ」



「分かった…… えっと…… ありがとう、 早苗さん! 」

「ふふっ、 どういたしまして」



美少年から名前で呼ばれて満更(まんざら)でもないようで、 母はたっくんの向かい側に座ると、 ニコニコしながらたっくんの食べっぷりを眺めている。



「小夏、 お前のお母さん優しいな」

「…… 小夏?! 」


急に名前を呼ばれてドキッとした。

そう言えば何気にスルーしていたけれど、 さっきもサラッと『小夏のお母さん』とか言ってたし。



「えっ、 お前の名前、 小夏じゃないの? 」

「小夏だけど…… 」


「えっ、 名前で呼んじゃダメなの? 小夏って呼んでもいいだろ? 」

「別に…… いいけど…… 」


「へへっ、 そんじゃ小夏な。 小夏、 このうさぎリンゴ、 小夏みたいじゃね? 」


たっくんがリンゴを指差しながら私の顔を覗き込んできた。



「うさぎ? 私が? 」

「だって、 小夏にも長い耳があるじゃん」


たっくんが私のおさげ髪を手に取って、 いたずらっ子の顔でプラプラと揺らしてみせる。


「みっ…… 耳じゃない! 」

「ハハハッ、 小夏が怒った」


「怒ってないもん! 」

「ハハハッ」



顔を真っ赤にして反論する私を、 青い瞳が楽しげに見つめてくる。


そうされると私はますます赤くなって、 目を合わせていられなくて……。


だから、 怒ってないのにムッとした顔をしながら、 リンゴをフォークでプスッと刺して口に運んだ。



この日から、 私はたっくんに『小夏』と名前で呼ばれるようになった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ