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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第1章 幼馴染編
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40、 ビックリした?


残り2週間ほどの夏休みをどう過ごしたのか、 正直あまり覚えていない。


たっくんと寝て起きて、 食べて遊んで笑ってまた寝て……。


思いがけず訪れたその時間があまりにも幸せすぎたから、 たっくんが抜けた残りの時間は、 セミの抜け殻のように空っぽだったんだろう。



私が動揺して泣き(わめ)くんじゃないか。

もしかしたら家出をしてでも追いかけて行くかもしれない…… くらいに思っていた母と祖母は、 元気はないものの大人しくしている私を見て、 若干(じゃっかん)拍子抜けした様子だった。



その時の私は、自分がどうすることも出来ないという現実に打ちのめされていて、 たっくんを追う気力も元気も失われていた。


だから、 たっくんの『チビたくを頼む』の言葉に(すが)ってここにいるしかなかったのだ。




もう無茶はしないだろうと判断した母は、 たっくんを追うように2日後アパートに帰って行き、 いきなり広くなったこの家で、 私は祖母と2人、 残りの2週間程をひっそりと過ごした。



私は特に何をしたいという気力も湧かなかったし、 実際何もせずゴロゴロしていたと思うのだけど、 唯一たっくんとの約束である、 金魚のお世話だけは忘れなかった。


朝と夕方、 水槽にいる金魚たちにエサを与え、 ガラスをトントンと叩いて話しかける。


「チビたく、 おはよう。 本物のたっくんは元気かな」


ーー 元気だといい……元気でいて欲しい……。



青空の下で地面を蹴って歩けるたっくんや私よりも、 水槽に閉じ込められている金魚たちの方がよっぽど自由で(うらや)ましく見えた。



少なくともこの子たちは、 ここにいる限り安全だ。 暴力の恐怖に怯えることもないし、 ()えることもない。



私とたっくんにとって、 祖母のこの家が、 自由に泳ぎ回れる水槽だった。


その水槽から出た今、 たっくんはちゃんと息継(いきつ)ぎできているのだろうか……。



ーー 会いたいよ…… たっくん。




8月の最終金曜日の夕方、 母が私を迎えに来た。


「お母さん、 ありがとう。 小夏がお世話になりました」

「何言ってるの、 またいつでもいらっしゃい。 私も子供達が来てくれて楽しかったわ」



「おばあちゃん、 ありがとうございました」

「うん、 小夏もまたいらっしゃい…… 拓巳君も一緒にね」

「…… うん」



ーー おばあちゃん、 本当にたっくんはまた一緒に来れるのかな?


聞けば困らせると分かっているから、 その言葉を()み込んだまま名古屋の家を後にした。




新幹線に乗っている間、 この先にいるたっくんを想った。


たっくんが心配でたまらない反面、 もしかしたらもうあの男はいなくなったんじゃないかと、 (かす)かな期待を抱いている自分もいた。



たっくんは無事だろうか…… どうやったら顔を見れるだろう。 ドアのチャイムを鳴らしたら、 たっくんが出てきてくれるだろうか……。



だけど、 そんな心配をするまでもなく、 私はすぐにたっくんに会うことが出来た。



空が藍色(あいいろ)になってきた頃、 タクシーに乗った私たちがアパート前で車を降りると、 薄暗がりの中、 たっくんがベンチに座っているのが見えたから。



「たっくん! 」


そばに走り寄ってギョッとした。


たっくんは裸足(はだし)だった。



「拓巳くん…… 」


私を追いかけてきた母も、 素足のたっくんを見て一瞬言葉を失い、 手で口元を押さえた。


すぐにしゃがみ込んでたっくんの足の裏の砂を払うと、 「どうしたの? アイツに…… また何かされた? 」と、 声を震わせて聞いた。



「早苗さん、 心配してくれてありがとう…… 小夏も、 お帰り。…… チビたくとチビ夏は元気? 」


「…… 元気だよ…… 1号と2号も」

「そうか…… 良かった」



「たっくんは? たっくんはどうしてたの? …… なんで裸足なの? 」

「ああ、 ビックリした? これは…… 母さんがいない間にアイツに殴られそうになったから飛び出してきたんだ」



「拓巳くん、 今アパートに穂華さんはいないのね? 彼女は無事なの? 」


母の問いに、 たっくんはちょっと自慢げに頷いた。


「うん、 母さんは仕事に出掛けたから。 母さんがいる時は絶対に逃げないけど、 俺だけの時は外に逃げるようにしてるんだ。 1階で良かったよ、 急いで駆け出しても危なくないから。 本当は、 お母さんが酔っ払って階段を踏み外さないように1階にしたんだけどさ」



「そうなの…… 私たちもね、 小夏が高いところが苦手だから、 わざわざ1階の部屋にしたのよ」

「ハハッ、 それじゃお母さんの酔っ払いに感謝しなきゃ。 お陰で小夏と隣になれた」


「そうね…… 本当ね…… 」


母がそう言いながら、 たっくんの身体をキツく抱きしめた。



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