38、 俺を照らしてくれるんだろ?
8月も中旬になり、 庭のハナミズキでアブラゼミがジージー鳴き出す頃、 私たちは揃って祖父のお墓参りに出掛けた。
祖父のお墓は車で30分ほどのお寺の敷地内にあり、 私も過去に何度かこうしてお参りに来たことがある。
ちょうどお盆の時期だったこともあって、 あちこちの墓石の前で手を合わせる家族連れが見受けられ、 辺りには線香の煙と供花の香りが立ちこめていた。
「拓巳くんもおじいちゃんにお参りしてくれる? 」
祖母がそうたっくんに話しかけると、 たっくんは少し戸惑った顔で、
「俺…… お墓参りってしたことが無くて…… 」
と困ったように言った。
「そう…… でも、 難しく考えなくていいのよ。 ここには小夏の死んだおじいちゃんが眠っていてね、 いつもここから私たちのことを見守ってくれてるの。 拓巳くんは小夏の大事な彼氏さんだって言ったら、 きっと今日からは拓巳くんのことも守ってくれるよ」
「小夏のおじいさんが、 俺を? 」
「うん、 そうよ。 だから良かったら、 墓石の前で手を合わせて、 おじいちゃんに拓巳くんのことを教えてあげてもらえる? 何も分からなきゃ、 おじいちゃんだって拓巳くんと仲良くなれないわ」
「そうか…… 」
たっくんは私たちを見習って、 お線香を香炉に立て、 両手を合わせてじっと拝み始める。
「小夏のおじいさん、 俺は月島拓巳と言います。 9歳です。 小夏のお隣さんで、 クラスメイトで、 彼氏です。 お母さんが穂華という名前で、 お父さんはいません。 好きな食べ物は、 早苗さんのカツカレーとハンバーグです。 あとは…… ああ、 好きな色は青色です。 小夏が俺の青い目が好きだって言ってくれるので、 俺もこの目が気に入ってます。 どうかよろしくお願いします」
そして顔を上げて振り向くと、 「これで大丈夫かなぁ? 」と心配そうな表情を見せた。
「ええ、 充分よ。 これでもう拓巳くんとおじいちゃんはお友達になったから、 これからは見守ってくれるはずよ」
そしてお墓の方を振り返って、
「おじいちゃん、 小夏が大きくなって会いに来てくれましたよ。 拓巳くんも素直で優しい男の子です。 どうかそこからこの子たちを守ってあげてくださいね」
もう一度そう話しかけて、 「さあ、 食事をして帰りましょうか」と私たちの肩を抱いた。
私たちは和食のお店で食事をしながら、 名古屋に来てから今日までにした事を順に挙げていった。
「えっと…… まずは庭で花火をしただろ? あとは、 夏祭り、 川遊び、 動物園…… 」
「セミ捕りをしたし、 庭の草むしりもしたよ」
「ああ、 小夏の肩にセミの抜け殻をくっつけたら怒られた」
「だって怖かったんだもん! 」
「ハハッ、 ごめん、 悪かった。 草むしりは…… 蚊に刺されて痒かった」
「うん、 痒かった。 薬を塗っても痒かった」
「ハハハッ、 今でも思い出すと痒くなっちゃうな」
「たっくんの火傷の痕……そのうちに消えるかな? 」
たっくんの手には、 線香花火の火玉を受け止めた時の火傷の痕が、 今も小さな茶色い丸になって残っている。
「いいんだよ、 火傷の痕を見るたびに、 小夏とやった花火のことを思い出せるだろ? 小夏との思い出は多い方がいい」
そう言って、 私が好きなヒマワリのような笑顔を見せた。
「おばあちゃん、 私ね、 たっくんの笑った顔が大好きなの。 たっくんの髪の毛が、 お日様の光で金色に光って、 風でサラサラ揺れるでしょ? その真ん中で、 たっくんが白い歯を見せてニコッて笑うでしょ? それで、 青いビー玉みたいな目がキラキラするでしょ? うわぁ〜、 ヒマワリが笑ってる! って思うんだ。 初めてたっくんに会った時から、 たっくんは私のヒマワリなんだ」
「おばあちゃん、 小夏は俺の太陽なんだよ。 小夏が笑ってると、 俺も嬉しいんだ」
祖母は私とたっくんの顔を交互に見ながら、 ニコニコして言った。
「あらまあ、 ヒマワリと太陽だなんて、 ステキな組み合わせね。 それじゃあ拓巳くんは、 いつでも小夏のことを見ていてくれるのね」
「うん、 そうだよ。 俺が小夏のヒマワリだから」
「えっ、 どういうこと? 」
「あらあら、 小夏は知らなかったの? ヒマワリは太陽の方を向いて咲くのよ」
「えっ? たっくんはそのこと知ってたの? 」
「うん、 当然。 だから小夏は俺の太陽だって言ったじゃん。 小夏は俺を照らしてくれるんだろ? 」
ーー 私が…… たっくんの太陽……。
いつもたっくんが見ていてくれる…… 。
急に恥ずかしくなって顔をポッと赤くしたら、 祖母が「あらあら」と言って、 私以外のみんなが一斉に笑った。
夢のような時間は、 終わるのも一瞬だ。
そして絶望は、 突然やって来る。
祖母の運転する車で帰ってきた私たちは、 そこに招かざる客がいることに気付き、 言葉を失った。
私は自分の喉が「ヒッ!」と短く悲鳴をあげるのを聞いた。
穂華さんが玄関前に立っていた。