37、 来年も会えるかな?
たっくんが名古屋の祖母の家に来てから1週間後、 私たちは母と一緒に近所で行われる夏祭りに行くことになった。
「わあっ、 キレイ! 」
前日の夜からこちらに来ていた母が、 職場の同僚に貰ったというお古の浴衣と甚平を和室の畳の上で広げると、 その一帯だけがいきなり花が咲いたように華やかになった。
「それじゃ、 後で会った時のお楽しみね」
目を細めて含み笑いをした母の言葉を合図に、 私は母に、 たっくんは祖母に着付けをしてもらうため、 それぞれ別々の部屋に移動した。
数分後、 私がさっきの和室に戻ると、 先に着替えを済ませていたたっくんが、 ニッコリ笑って振り向いた。
紺地に縦縞のしじら織のシンプルな甚平は、 たっくんの華やかな顔立ちを余計に引き立てて、 美少年ぶりに磨きをかけている。
あまりの綺麗さにボ〜ッと見惚れていたらたっくんが歩み寄ってきて、 上から下まで私の姿にスーッと目を通し、 続いて私の周りを一周して正面に戻ってきた。
生成り地にピンクの鞠と花を散らした浴衣に、 紺と黄色のグラデーションの兵児帯。
髪の毛は横に三つ編みして花の髪飾りで留めてある。
たっくんは気に入ってくれるだろうか……。
探るような目でたっくんの顔を窺うと、 彼は目を三日月のようにして微笑んで、 ウンウンと頷いてみせる。
「うん、 小夏、 世界一かわいい」
途端に私の顔は耳までボボボッと熱くなり、 恥ずかしさで俯く以外なくなった。
「あらまあ、 小夏の王子様は顔だけじゃなくて、 言うこともカッコいいのね。 さあ、 美男美女で夏祭りに行って、 みんなに見せびらかしておいで」
ーー おばあちゃん、 美男美女とか言わないで! 恥ずかしい!
たっくんが王子様みたいにカッコいいのは分かるけど、 私は美女じゃないから!
心の中でそう訴えている私を尻目に、 たっくんは「うん、 おばあちゃんありがとう。 小夏を見せびらかしてくる」とサラリと言ってのけた。
さっきのキザな言葉の余韻も冷めやらぬままに追い打ちをかけられて、 カーッと首筋まで赤くなる。
ーー 恥ずかしい…… けど、 嬉しい。
たっくんはカボチャを馬車に変える魔法使いだ。
ガラスの靴を履かせてくれる王子様だ。
たっくんが手を引いてくれるだけで、 私は舞踏会で踊るシンデレラのように美しく変身し心華やぐことが出来る。
そして私たちは知っている。 この舞踏会には終わりが来ることを。
だからこそ、 時計の鐘が鳴り響き魔法の終わりを告げるその時まで、 せめて思いっきり楽しもう……。
お互い口には出さなかったけれど、 そう考えているのは伝わっていたと思う。
「小夏、 行こう」
「…… うん」
たっくんに差し出された手をギュッと握って、 下駄の音も軽やかに、 並んで玄関を飛び出した。
神社の境内に続く参道は、 食べ物やオモチャ、 ゲームなどの出店がズラリと並んで賑わっていた。
「さあ、 何が食べたい? 何して遊ぶ? 」
母に言われて顔を見合わせると、 私たちは目を輝かせて辺りの店を散策し始めた。
りんご飴に綿菓子、 ヨーヨー釣りに輪投げ。
だけど私たちが釘づけになったのは、 金魚すくいの露店だった。
「金魚? 生き物はあとが大変だから…… 」
その言葉にシュンとした私たちを見て、 母が諦めたように肩をすくめてみせた。
「…… 仕方ないわね。 おばあちゃんにお願いして金魚鉢を買わなきゃね」
「えっ、 お母さん、 いいの? 」
「ええ、 沢山とってらっしゃい。 お母さんには琉金をお願いね」
「早苗さん、 俺もいいの? 」
「もちろん! たっくんはどの金魚を狙うの? 」
「出目金! 」
母から5百円玉を受け取り、 お店のおじさんからポイを受け取ると、 片手にお椀を持って狙いを定める。
私は下手くそですぐにポイが破れてしまい、 オマケで和金を1匹もらった。
たっくんは初めてだと言う割にはポイの扱いが上手で、 斜めに水中に差し入れたと思うと、 パッと勢いよく金魚をすくい、 お椀に放り込む。
母の希望の琉金は無理だったけど、 たっくんが欲しがっていた黒い出目金を1匹と和金2匹。
私のもらった和金と合わせて計4匹の金魚を、 大喜びで持ち帰ってきたのだった。
母は金魚鉢で済ませるつもりだったのに、 祖母が張り切って水槽セット一式を買ってきたので、 金魚はしばらく元気に生き続けた。
たっくんは出目金に『チビたく』、 私は自分が貰ってきた和金に『チビ夏』と名付け、 残りの2匹はそれぞれ1号と2号と呼んで可愛がった。
「来年もここに来たらコイツらに会えるかな? 」
「うん、 会えるよ。 また来年も来ようよ。 それで、 また金魚すくいをして仲間を増やそうよ」
「いいね、 それ。…… 来年も来れるのかな…… 俺」
「来れるよ! 来ようよ! 」
あの時の私たちは、 不確かな未来を恐れながらも、 どうにかしてそこに光を見つけようと、 必死に足掻いていた。
母や祖母もそれが分かっていたから、 せめて短い夏の間だけでも私たちの望むことを叶えてあげようとしてくれていたのだろう。
『チビたく』と名付けられたたっくんの出目金は、 一番長生きして2年間生き続けたけれど、 飼い主のたっくんが『チビたく』に会えたのは、 結局その夏の短い数日間だけだった。