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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第1章 幼馴染編
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33、 一緒に行く?


「あら、 小夏ちゃんは今日も1人なの? 」


土曜日の午後、 公園でベンチに座って空を見ていたら、 お散歩帰りの田中さんに声を掛けられた。



田中さんは我が家の左隣に住んでいる1人暮らしのおばあちゃんで、 公園で私やたっくんを見掛けると話し掛けてくれて、 ポケットに入ってる(あめ)をくれる人だった。



「最近あなた達は別々に公園に来るようになったのね。 前はいつだって一緒にいたのに…… 」



そう言われて、 もしかしたら田中さんならたっくんを助けてくれるんじゃないか…… そんな考えが浮かんだ。



田中さんは優しいし、 (とし)をとってる分いろいろ知っているだろう。

あの男をやっつけてくれるかも知れない。



そう考えたら、 目の前の道がパアッと(ひら)けた気がした。


「あのね、 田中さん、 たっくんちにいる涼ちゃんってヤツがね、 凄く悪いヤツなの…… 」



そう話し始めたところで、 アパートの方から森下さんが絵里(えり)ちゃんの手を引いて歩いてくるのが見えた。


森下さんはアパートの上の階の人で、 4歳の絵里ちゃんは、 私やたっくんが通っていた『鶴ヶ丘保育園』の年中さんだ。



「小夏ちゃん、 こんにちは。 今日はお母さんは? 」

「お母さんは担当の人の家に行ってるけど、 1軒だけだからすぐ帰ってくるって」


「そう、 車、 傷つけられて大変だったわね」


森下さんが母の傷つけられた車の話題を持ち出すと、 すかさず田中さんが相槌(あいづち)を打つ。



「本当に大変だったわよね。 修理代だって馬鹿にならないし。 あれって多分、あの男の仕業(しわざ)よね」


「田中さんもそう思います? 私も絶対そうだと思ってたんですよ」


2人して周囲をキョロキョロ見回しながら、 声を(ひそ)めて話しだした。



「ほら、 うちって同じ1階でしょ? ドアを勢いよくバターン! って開け閉めする音がしたから、 後からソッと(のぞ)いてみたらね、 あの子、 拓巳くんがドアの前に立ってるのよ。 あれはきっと、 あの男に追い出されたのね」


「うちも上の階だから結構下の音が聞こえてくるでしょ? 夜遅い時間に痴話喧嘩(ちわげんか)って言うんですか? なんかギャーギャー言い争う声が聞こえてきて、 絵里が起きちゃうんじゃないかってヒヤヒヤして」



「本当に怖いわよね〜。 私はあの男が駐車場にいても目を合わさないようにしてるのよ」


「ええ、 うちもこんな事が続くようなら物騒だし、 絵里の事も考えて、 引越ししようかって話してるんですよ」



そこで2人揃って、 思い出したように私の方を見た。


「小夏ちゃんは拓巳くんから何か聞いてない? あの男のこととか。 あの子、 虐待(ぎゃくたい)を受けてるんじゃないの? 」


「そうよ、 小夏ちゃん、 あの男は危ないからね、 絶対に話しかけちゃダメよ。 車だけじゃ済まなくなっちゃうわよ」



ーー ああ、 なんだ、 野次馬か。



さっき見えたと思った道が真っ暗闇になった。



なんだ、 この人たちはたっくんの家で起こってることを大体分かってるんだ。


母の車に傷をつけたのがあの男であろうということも、 たっくんが虐待を受けていることも。



知っていて、 放置しているんだ。


ドアの前に立たされている姿を見ても、 夜中の怒鳴り声を聞いても、『怖いわね』で片付けて、 通報もせず傍観(ぼうかん)してるんだ。



心配して声を掛けてきたと思ってたけど、 そうじゃなかった。

こんなのただの興味本位だ。

遠くから眺めて面白がっているだけだ。



ーー バカヤロウ



こんな人たちにたっくんのことなんて一言も話すものか。

たっくんは立ち話のネタなんかじゃない。


助ける気が無いのなら語るな!

同情ぶって、 笑顔でたっくんを語るな!



私が黙ってアパートに足を向けると、 後ろから田中さんの声がした。



「小夏ちゃん、 本当に気をつけるのよ〜! 」



私はその声に立ち止まると、 (こぶし)を握りしめて、 クルッと振り返った。



「うるさいっ! 」


思いっきり大声で叫んで、 そのまま全力でアパートへ走った。



たぶん2人は後ろで顔を見合わせて眉をひそめているんだろう。


だけど、 そんなのどうでもいい。

あんな大人に、 どう思われたって構わない。




アパートの前まで来たところで、 隣の家のドアが開いてたっくんが出てきた。


「たっくん! 」

「…… 小夏」


たっくんは急に目の前に私が現れて驚いたようだったけど、 今出てきたドアの方をチラッと見てから私の方に歩いてきて、 ニコッと微笑んだ。



「小夏、 こんにちは。 元気か? 」


微笑んだ左頬がうっすら赤く腫れている。


たっくんは私の目線に気付いて苦笑すると、 「大丈夫だよ。 明日には腫れは引くから」と、 こともなげに言ってのけた。



「今からお弁当を買いに行くんだ。 お母さんと…… アイツがお腹が空いたって言うから」

「私も行く! 」


「…… ダメだよ、 俺といると小夏もいろいろ(うわさ)される」



たっくんがチラッと公園の方を見た。


(かしこ)いたっくんは、 自分が(あわ)れみの目で見られていることや、 (うわさ)話のネタになっていることに気付いているんだろう。


「噂されたっていいよ。 私さっき、 あの人たちに『うるさい!』って怒鳴っちゃった」

「怒鳴った?! 」


「うん、 だからたぶん、 私も噂されてるよ」

「…………。」



「小夏…… お前、 バカだな」

「うん」


「『うん』じゃないよ、 バカ」

「うん」


「…… 一緒に行く? そこのコンビニ」

「うん」



たっくんはハハッと笑って、 左手を差し出した。

私はその手をギュッと握り返して、 一緒に並んで歩いた。



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