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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第1章 幼馴染編
31/237

30、 コレを預かっててくれない?


あの頃を振り返って考えることがある。


私たち母娘(おやこ)がしていたことは、 彼の孤独を余計に深くさせただけだったんじゃないだろうか。


私たち母娘(おやこ)があのアパートに引っ越していなければ、 たっくんと出会っていなければ、 もしかしたらあんな事にはならなかったんじゃないかって。



たっくんが私たちの部屋に来るようになって、 穂華(ほのか)さんの外泊が増えた。


たっくんを安心して預けることが出来るようになって、 その結果、 穂華さんのタガが外れた。



そしてあの男が、 外れたタガの隙間から、 スルリとアパートに入り込んできたのだ。




私の母が良かれと思ってしていたことが、 私が喜んでたっくんを家に招いていたことが、 逆に彼を追い詰める結果になってしまったとしたら…… 私たちは出会わない方が良かったのだろうか。



あの時の私は、 たっくんと過ごす時間が楽しくて、 一緒にいられることが、 ただ(うれ)しくて、 その後の彼の孤独が見えていなかった。



家族の団欒(だんらん)を目の当たりにして、 そのあと1人で真っ暗なアパートに戻る彼の気持ちを、あの男のいる場所へ戻る恐怖を、 私は(おもんばか)ることが出来なかった。



あの時たっくんは、 どんな気持ちで私たちの部屋をあとにしていたのだろう。



笑顔でドアを閉めた後の彼の表情を、 私は知らない。



***




「さあ、 これでぱっと見は良くなったでしょ」



母はそう言いながらたっくんに、 ブックカバーを(かぶ)せた絵本を手渡した。


青い包装紙で作ったブックカバーは絵本の表紙を見えなくしてしまったけれど、 左目が焼け焦げた男の子のイラストを目にするよりはいくぶんマシだ。



「早苗さん、 ありがとう」


たっくんは絵本を大事そうに胸に抱いてから、 それをそのまま私に差し出した。



「小夏、 コレを預かっててくれない? 」

「えっ、 この絵本を? 」


「うん。 俺んちに持って帰ったら、 またアイツに滅茶苦茶にされるだろ。 ここで預かってもらえば安心だから…… 」


「…… 分かった。 でも私が持ってても、 コレはたっくんの本だからね」

「うん、 ありがとう」



それからたっくんと私は母に見送られて学校へ行ったけれど、 私はたっくんが学校から帰ったらどうするんだろう、 これからどうなるんだろうと、 そんなことばかりをグルグル考えていたから、 授業は頭に入ってこないし給食も殆ど喉を通らなかった。



そんな私よりもむしろ当の本人の方が普段通り、 いや、 それ以上に明るく振舞っていて、 昨夜の姿とのギャップに違和感を感じながらも、 私は少しホッとしながらたっくんの姿を眺めていた。



だから、 帰りの会が終わって、 先生がたっくんだけを呼び止めた時、 (つか)の間忘れていた現実が急に目の前に迫って来たように感じて、 心臓がドクンと脈打った。


その呼び出しが『家の問題』に関することなんじゃないかと子供心に直感したからだ。



たっくんについて行こうとした私は先生に止められ、 たっくんは私を振り返って「バイバイ」と薄い笑顔を残して階段を下りていった。



心配になって、 ちょっとしてから階段を駆け下りていったら、 たっくんが職員室の前でスーツ姿の見知らぬ男の人と女の人に話しかけられていて、 それから彼らと一緒に外に出て行くのが見えた。



その時の私は『児童相談所』というものを知らなかったけれど、 それでも雰囲気やそれまでの流れから、 彼らがそのような(たぐい)の人達であろうというのはなんとなく予想がつく。


だから、 連れて行かれたたっくんが心配だったと同時に、 もしかしたらこれで全てが解決するんじゃないかと期待する気持ちもあったりして……。



その期待は、 穂華さんが我が家に怒鳴り込んできた事で、 見事に打ち砕かれた。



私は母がたっくんの家庭のことを児童相談所に通報したのだということを、 その時に知った。



たっくんが穂華さんに手を引っ張られて自分のアパートに帰って行くとき、 ドアの隙間からはあの男の顔が覗いていて、 私と目が合うと、 口の端をニヤリと上げた。



翌朝、 母の車には何かで引っ掻かれたような横一直線の傷がつけられていた。



我が家には青い表紙の絵本だけが取り残された。



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