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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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82、結婚しね? (後編)


穂華さんが心から本当に愛していたのは、生涯でただ1人、マイクさんだけだったのかも知れない……。



そんな風に考えていたら、鼻の奥がツンとしてきた。

目の縁まで涙が盛り上がってきたから、慌ててスンと大きく鼻をすすって誤魔化してみる。



「なんだよ、泣いてんの? 小夏はホント泣き虫だな」

「違う!……風が冷たかったから……」


「お前って、自分のことじゃ泣かないくせにさ、俺のことになるとすぐに泣いちゃうんだよな」


ーー駄目じゃん私、全然誤魔化せてないし……。



「だって……」

「そんなの嬉しくて愛おしくて……手放せないよ」


優しく頬擦(ほおず)りされて、頬が震え出す。

慌ててもう一度、大きく息を吸い込んだ。



「そんなに辛そうな顔をするなよ。 俺はこの顔に産んでもらって感謝してるんだぜ。だって、 このブルーの瞳のおかげで横須賀から離れる事になって、流れ着いたあの街で小夏と出会えたんだ」


「私も…… たっくんに会えて良かった。ブルーの瞳のたっくんで良かった。好きになった人がたっくんで良かった……」


「うん……俺にはそう言ってくれる人がいる。それだけでもういいんだ……」



たっくんはただただ、 愛されたかったんだ。

『君はここにいていいんだよ』と、 この世に生まれてきた事が間違いではないのだと、 誰かに肯定して欲しかっただけなんだ。


ひたすら母親に尽くし、その愛を求めていた少年は、最期の今際(いまわ)の言葉で少しでも救われたのだろうか……そうでないと、あまりにも報われない。



「アレだな……パンドラの箱だ」

「パンドラの箱?ギリシャ神話の?」


急に話題が変わって、あれっ?と顔だけたっくんの方に振り向いた。



「そう。パンドラが神ゼウスから持たされた箱を開けて、あらゆる厄災を地上に放ってしまっただろ?」

「うん……」


「俺も、いろんな事が次々と襲い掛かってきて、いろんな物がこの手から(こぼ)れ落ちて行ってさ…… もう俺の中には何も残ってない、希望なんか持ってたって無駄なんだって、一度は諦めて……」

「うん……」



「俺はお前への気持ちをテープでグルグル巻きにして、箱の奥底に封印(ふういん)したんだよ。 そしてもう二度と封印を解くことはないと思っていた。……そう決めていた」


もう駄目だ。これ以上、涙を(こら)えるなんて出来ない。

私は身体ごとたっくんに向き直って、その胸に思いっきり顔を押し付けた。



「ハハッ……やっぱり泣いてる」


たっくんはそう言って、コートで肩を包み込んでくれた。

頭の上にチュッとキスを落としてから、そのまま言葉を続ける。



「だけど……だけどさ、空っぽだと思っていた俺の中に、1つだけ希望が残ってたんだよ。俺のパンドラの箱に最後に残っていたのは『小夏』だった。小夏が俺の封印を解いて、心を取り戻してくれたんだ」


「うん……うん……」



「小夏……お前が俺の希望で夢で光なんだ」

「ううっ……たっくん……」



「小夏……俺と一緒にいてくれてありがとう。お前という希望のお陰で、俺は生きてこられたんだ」



ーーたっくん……。


たっくんがそう言って微笑んでくれるのなら、私はそうでありたいと思う。



あなたがカイのように雪の国に迷い込んだら、私はゲルダとなって連れ戻しに行こう。


光を見失い絶望の闇に捕われそうになったら、私が女神となって抱き締めよう。


進む道を誤りそうになったら、私が太陽となって、ヒマワリのあなたを振り返らせる。



私はあなたの望むもの全部…… 友であり、恋人であり、妻となって、これからもずっと、あなたと共に歩いて行きたいんだ。



「たっくん……大好きだよ」

「うん、俺も」


「ずっと一緒にいようね」

「当然」




あなたが幼い頃からずっと望み続けてきたもの……例えば家族の団欒とか、無償の愛……とか。


人が当たり前のように口にする『普通』を受け取ることが出来なかったあなたに、それが当たり前だと、普通だと思えるようになって欲しい。



毎日交わされる、『おはよう』『おやすみ』、『お帰り』『ただいま』の挨拶。


朝はまな板を叩く包丁の音と味噌汁の香りで目が覚めて、食卓には家族分の箸が並んでいる。


行ってらっしゃいのキスの後は、ベランダから見送る私に手を振るあなた。


疲れて帰ってくると、家の窓には煌々と明かりが灯っていて……。


出迎えるのはあなたの家族。

あなたを夫と呼び、お父さんと呼ぶ、あなたの家族がいつでもそこで待っている……



そういうもの全てをあなたに与える存在に、私はなりたい。


あなたがそれを当然だと思えるようになるまで……ウンザリする程、何度でも何度でも愛のシャワーを浴びせ続けるんだ。




「小夏……」

「ん?」


「結婚しね?」

「うん、する」


「返事、早過ぎね?」

「嫌だった?」


「いや、最高」

「ふふっ……」



遠く海の向こうには、プカプカと白い綿雲(わたぐも)が浮かんでいて、その下を貨物船が汽笛を鳴らしながら横断して行った。



その景色を見渡しながら、青い海の向こう側に想いを馳せて、私たちはしっかりと手を握りあっていた。


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