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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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81、結婚しね? (前編)


施設から程近い場所にある葬儀施設は、火葬場も備えられているコンクリート平屋建てのモダンな建物で、北東を森林が囲い、西側からは遠く海が見渡せる。


火葬が終わるまでの1時間程の待ち時間、たっくんと私は遺族の控え室を抜け出して、外の駐車場から海を眺めていた。



「ねえ、本当にお祖母様たちと一緒に待ってなくていいの?」

「いいんだよ、俺がいない方が大人同士の話がしやすいだろうし」


控室では大人たちがお茶を飲みながら話をしている。

穂華さんの遺言では全ての手配をお祖母様1人にお任せすると言う事だったけれど、実際には息子のたっくんが喪主となり、火葬の場にはお祖母様と伯父の敏夫さん、そして私と母が立ち会ったのだ。



穂華さんの葬儀は近親者のみの密葬で、しかもお通夜や告別式を執り行わない直葬というものだった。


これは穂華さんが施設に入居した際に要望として手紙にしたためてあり、又、生前に母と会った時にも本人の口から語られていたことだという。



『死んだ人間にお金をかけるなんて馬鹿らしい。私は神も仏も信じちゃいないし、お経もお墓もいらない。そうね……遺骨は海にでも流しちゃってよ。後には何も残らなくていいの、な〜んにも』






海から西風が吹き上げる度に、ワンピースの礼服の裾をパタパタとはためかせていく。

その冷たさに思わず身震いすると、後ろからたっくんが自分の黒いコートごと抱き締めてくれた。



「暖ったかい?」

「うん、暖かい。ありがとう。なんだか前に観た映画のシーンみたい」

「ハハッ、俺もそう思った」


高2の夏、たっくんの部屋で一緒にDVDを観たことを思い出す。

20年以上前の悲恋映画。船の舳先(へさき)でヒロインが後ろから抱きしめられるシーンが印象的だった。


今思えば、あの頃は穂華さんの行方も知らず、2人で一緒に陽向高校を卒業するものだと信じて疑わなかった。ましてや、私たちがもう一度離れ離れになるなんて予想すらしていなくて……。


ーーもう随分昔に思えるけど、たった2年半前の出来事なんだ……。




「小夏、なに考えてんの? まだ寒い?」


たっくんが更に腕をギュッと狭めて、後ろから頬をくっつけてくる。


「ううん、そうじゃなくて……あの写真……燃やしちゃって良かったのかな?……って」


お父さんの写真……とは、何となく言えなかった。



施設で荷物をまとめていた時に、私たちは穂華さんの長財布のお札入れに写真が挟まれているのを発見した。


それは運転免許証か何かの証明写真らしく、背景のない殺風景なもので、四角く切り取られたその中には、軍服を着た青い瞳の青年が写っていた。



ーーああ、この人がたっくんの……


マロンブラウンの髪にアジュールブルーの瞳。

そこにある美しく整った顔そのものが、深く考えるまでもなく、たっくんとの血の繋がりを教えてくれている。


たっくんが古びたその写真を裏返すと、そこにあったのは『Michael 』の文字。



「マイケル…… 『マイク』だ」


たっくんが絶句し、写真を持つ手が震え始める。

私がそっと抱きしめたら、彼は胸元で写真を握りしめて、私の肩に額を預けた。



だけどたっくんは、その貴重な写真を、穂華さんの棺に入れてしまったのだ。





「あの写真……たった1枚しか無かったのに」


「いいんだ、あれは母さんのだから。 それに、一度も写真を見せなかったってことは、俺に父親を探して欲しくなかったんだよ。母さんは分かってたんだろうな、 アイツが帰って来ないってことを」


幼い頃は母親の言葉を鵜呑みにして、 いつか迎えに来る父親を想像してみたりしたもんだけど、 大きくなってきたら、 流石にわかる。


俺が繰り返し聞かされてきた話の大半は、 母さんの夢と願望だったんだって……。


たっくんはそう言って、薄っすらと微笑んだ。



「もしかしたら、穂華さんは、ずっとマイクさんを待ってたんじゃないのかな」

「うん。実は俺も、それをちょっと思ってた」


穂華さんは住む場所を転々と変わったけれど、結婚して名古屋に住んでいた時以外、神奈川県から離れたことが無かった。


児童相談所の職員や警察の追及から逃げ出した時でさえ、東京駅のすぐそばのホテルで3泊しただけで、あっという間に横須賀に舞い戻って来たし、介護施設に入所するときも、わざわざ横須賀の海の近くを選んでいる。



「横須賀にいくつもある介護施設の中から、丘の上にある海沿いの施設を選んだっていうのがさ……」

「うん…… 毎日あのベンチに座って、海の向こうから船が来るのを眺めてたのかもね」



実際はそんなロマンチックな話じゃないのかも知れない。

ただ単にいい行き先が浮かばなくて、馴染みのある場所を選んだだけかも知れないし、土地勘の無い場所に住むのが不安だっただけなのかも知れない。


だけど、海の向こうに帰って行った愛しい人の、『帰ってくる』、『待っていて』の言葉を信じて待ち続けていたと考えるのは……あまりにも少女趣味過ぎるだろうか。



それでもやはり、そうであって欲しいと願わずにはいられないのだ。


最期の今際(いまわ)のその時に、愛する人の名を呼んだ彼女のことを許したい。


たっくんの母親が悪い人では無かったのだと……そう思いたいのだ。





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