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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
222/237

72、お前それ、狙ってやってんの?


3月第1週の金曜日。名古屋市立陽向(ひなた)高校の卒業式会場は、かつて無いほどザワついていた。



それはもうすぐ式典が始まろうかという時で、そのとき私は前の方の卒業生の席に座ってボケッと演壇を見つめていた。


不意に後ろの方から波のようにザワザワとした空気が伝わってきて、所々で『えっ!』とか『キャーッ!』なんて声が聞こえてくる。

ふと振り返ったら、保護者席の後ろに立っている青い瞳とバッチリ目が合った。



「嘘っ!」


思わず声が出てしまって、慌てて口を押さえる。


ーーどうしてたっくんがここに?!



だって、明日はたっくんの定時制高校の卒業式があって、私はそこにお母さんと参列するつもりで……。



ーーええっ?


改めてもう一度振り返ると、たっくんが余裕のある笑顔を浮かべて右手を顔の横でヒラヒラと揺らしている。

それに合わせてまたしても湧き上がる黄色い声。



やられた!これは所謂(いわゆる)サプライズというヤツではなかろうか。

私に内緒でこっそり卒業を祝いに来てくれたんだ。



嬉しいけれど、今はとにかく驚きの方が大きい。

そして心拍数がギュンと上昇中なのが自分でもハッキリ分かる。


なんなんだ、あのスーツ姿の破壊力は!カッコ良すぎにも程がある。


黒のスリムスーツに薄いブルーのカッターシャツ。そこにグレーと黒のストライプ柄のネクタイがビシッとキマっていて、周囲の保護者の中から思いっきり浮きまくっている。


と言うか、どこのモデルですか?ってくらいキラキラと光り輝いていて、背景に薔薇の花が見えるようだ。



ああ、ほら、浮かれた保護者にコッソリ写真撮られてるよ!『美少年発見』とか『卒業式会場に青い瞳のモデルらしき人が!』なんてSNSにアップされたら芸能界からスカウトが来ちゃうじゃん!

自分がめちゃくちゃ人目を()くって自覚してくれないと……。


ヤキモキしながらパイプ椅子の背もたれに片手を置いて思いっきり首を伸ばして見ていたら、たっくんに右手でシッシッと追い払うような仕草をされた。


失礼な!と思って膨れっ面をしたら、私の斜め後ろに座っていた清香が、「小夏、めちゃくちゃ目立ってるから!前向いて!」と小声で言われて、慌てて前を向き直す。


目の前の演壇では、校長先生が『んっ!』と咳払いをして厳しい顔でこちらを見ていた。



ーーもうっ、もうっ!


驚いた、恥ずかしい、やられた!


だけどやっぱり、嬉しい気持ちが1番大きい。


自分だって卒業式を控えて忙しいだろうに、穂華さんのことも心配だろうに……わざわざ遠くから駆け付けてくれたんだ。


ーーありがとう、たっくん……。





校庭ではたっくんがいきなり大勢の女子に取り囲まれていて、まるで彼が今日の主役のようだった。



「拓巳、会いたかった〜!」

「拓巳、一体何処に行ってたのよ!」

「ねえ、このあと時間はある?カラオケに行かない?」

「うちに遊びにおいでよ。今日は親が出掛けてるから2人きりになれるんだけど」


肩や腕をベタベタ触られているのを見るといい気はしないけれど、もう以前のように動揺はしない。


むしろ、久々に見る肉食系女子とたっくんの組み合わせに懐かしさを覚えるほどだ。



たっくんを取り囲んでいる華やかな集団の輪の外側で、少し離れたところから眺めていたら、それに気付いたたっくんが人波を掻き分けて歩いてくる。



「小夏……卒業おめでとう」


そう言って差し出されたのは、ひまわりの花束。


「えっ……今の時期にひまわりって買えるの?」

「うん。どうしてもひまわりを贈りたかったから花屋に問い合わせたら、お取り寄せしておいてくれた。


「ありがとう、嬉しい」




ひまわりは私たちにとって大事な花。


『たっくんはひまわりみたい』

『だったら小夏は太陽だな』


何度も交わした私たちの会話をちゃんと覚えていてくれた事が嬉しくてたまらない。


季節外れのその花束を両手で受け取って胸に抱くと、涙腺がウルッときた。

鼻をスンとすすってからたっくんを見上げて「へへっ」と笑う。



「……来ると思ってなかったから驚いた」

「ああ、驚かせようと思って黙ってたからな。たまにはサプライズもいいだろう?」


「そりゃあいいけど……このスーツ姿は卑怯だよね」

「ハハッ、お祖母(ばあ)さんが卒業式用に買ってくれた。惚れ直した?」


「ええっ?! そんな大事なスーツを自分の卒業式の前に着ちゃったら駄目じゃない!汚れたらどうするのよ」


「う〜ん……でも、真っ先に小夏にスーツ姿を見せたかったし。俺にとっては小夏の卒業式も重要なんだから、別にいいんじゃね?」


マジですか……。

やる事なす事イケメン過ぎて、感動の波状攻撃だ。ますます感動。ヤバい、泣きそう……。


「もっ、もう!……でも、ありがとう」


グッと涙を堪えながら、たっくんのスーツの袖口を掴んで見上げた。




「マジか……ヤバいな……」

「えっ、何?!」


泣きそうでヤバいと思っていたら、何故かたっくんもヤバくなってたらしい。

首を傾げてキョトンとすると、たっくんが前髪を掻き上げながら困ったような表情(かお)をする。



「お前それ、狙ってやってんの?だとしたら凄い上級テクだぜ」

「へっ?」


ーーどういう意味?



「その顔……久々に会ったのに、そんな風に頬を赤らめて、しかも潤んだ瞳で見上げてくるとか……そんなのキスしたくなる」


ーーはぁあ?


「キっ……ちょっと!誰かに聞かれたら……」

「ごめん小夏、もう聞かれたわ」


たっくんの気まずそうな視線に振り返ると、そこにはニヤニヤしている千代美と清香が立っているではないか!



「お2人さん、久々の再会に浮かれてますねぇ〜」

「本当、小夏がこんな大胆な子になっちゃって、一体誰の影響かしらね」


2人に両側から挟まれて肩にポンと手を置かれると、もう俯いて反省するしかない。


なのにたっくんは、「ごめん、ソレ俺の影響だ」と悪びれることなく答えてるし、いつの間にか他の生徒の注目を思いっきり浴びてるしで、私はますます身を縮こませて固まってしまった。



「それじゃ、俺はそろそろ行くわ」

「えっ、行くって何処に?」


「小夏の晴れ姿を見れたし、用事は済んだから横須賀に帰るよ」

「そっか……」



『もう帰っちゃうの?』と言いそうになったけれど、その言葉はギリギリで引っ込めた。


だって穂華さんを長時間放ってここに来る事に、たっくんが悩まないはずは無かったろうから。


たった数時間のためにトンボ返りしてまで来てくれた……その事に今はただ感謝するだけだ。



「明日は私がたっくんの晴れ姿を見に行くね」

「うん、ちょっと照れ臭いけどな」


「私にはサプライズまでしておいて何言ってるのよ!本当に驚いたんだから!」


「ハハッ、驚かせるつもりで黙ってたんだし。一度こういうのやってみたかったんだよな。それじゃ、明日」

「うん、また明日(あした)……」



簡単に『また』と言えるのがとても嬉しい。


そうだ、私は明日からたっくんのアパートまで電車で2時間の距離に住むんだ。



『また明日』……心の中でもう一度呟いて、これから始まる私たちの新しい日々に想いを馳せた。


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