71、遠距離終了……だな? (2)
ーー高校に行くってどういう事?
1年前のあの日、新幹線のデッキで慌ててメッセージを送ったら、
『実は2月にこっちで定時制高校の編入試験を受けてたんだ』という返事が来て、思わず「嘘っ!」と声が出てしまった。
「そんな大事なこと、どうして今まで黙ってたの?!」
その場で慌てて電話を掛けて問い詰めたら、
「いや、行こうって決めたのはたった今なんだ。ついさっきまでは無理だろうって諦めてたから」
という返事。
「俺、小夏と過ごした高校時代を無駄にしたくなくて……どうにかして高校だけは卒業出来ないかって思ってたんだ。それでこっちの定時制高校を調べたら、施設からバスで30分くらいの距離に1つあって、そこなら夜間の授業を受けに通えるかな……って」
たっくんは陽向高校に来なくなる前に高2の履修認定に必要な単位数をちゃんと計算していたそうで、先生に推薦状を書いてもらって、定時制高校の編入試験を受けていたのだと言う。
「凄い!良かったよ、通えるんだったら通おうよ!」
「ああ、俺もそう思ってたけど……」
実際に横須賀に来てみて、あまりにもたっくんにベッタリの穂華さんを見て、この状態の彼女を放って夕方から抜けるのは無理だろうと考えたのだという。
やっぱりたっくんはどこまでも優しい。自分のことよりも、施設の職員さんの迷惑を考えたんだ。
「これはやっぱり無理だな、通えないなって諦めてたんだけど……」
「けど?」
「その後で徐々に母さんの症状が進行して、ウトウトしてる時間が長くなってきて……母さんには悪いけど、これだったら俺がしばらく離れても大丈夫なんじゃないかなって思えてきた。そこに小夏とまた会って、やっぱりお前と一緒に高校を卒業したいって気持ちが強くなって……」
そしてたっくんは、日中はそれまでと同じように施設での生活を続けて、夕方からは片道30分掛けて午後9時までの定時制高校に通うという生活を始めた。
早朝から母親の看病をし、そのまま学校に通って、帰ってから課題を済ませて……普段は卒業に4年間掛かるところを、2年生までの単位が取得出来ているのに加え、情報処理検定や英語検定なども受けて3年間での高校卒業認定を受けたのだった。
ザザッという波の音を遠くに聞きながらたっくんの横顔を見ると、黒髪が風になびいてフワリと後ろに流れている。青い瞳にはキラキラと輝く海が映っているのだろう。
「ん?……何?」
こちらを向いたその表情は、どこまでも穏やかで優しい。
今まで幾多の辛い出来事や悲しい経験を重ねてもなお、たっくんはこんなに優しい微笑みを浮かべることが出来るんだ。
そう考えると、愛しすぎて胸がギュッとなって、泣きたいような気分になった。
「やっぱり凄いね……たっくんは」
「お前、なんだよ、急に」
「たっくんは強くて綺麗で優しくて……私の自慢の彼氏だよ」
「ええっ、どうしちゃったんだよ! 誉め殺しする気かっ。急にそんなん言われたら逆にビビるわ」
私だっていつもなら面と向かってこんな台詞を吐けないけれど……合格の解放感からなのか、久し振りに会えた高揚感なのか……
ううん、違う。今日のたっくんと穂華さんを見て、その献身的な姿に、それでも悲観することなく笑顔でいるこの人に感動しているんだ。
「私……たっくんに出会えて良かった。好きになった相手がたっくんで良かった。私を好きになってくれて……彼女にしてくれてありがとう」
「私はこの1年間で、ちょっとでもたっくんに相応しい女性になれているかな?」そう口に出した途端、おでこにキスが降ってきて、そのまま抱き寄せられた。
「俺こそ……お前に出会えて良かった。小夏のお陰でどれだけ救われたか……」
「たっくん……」
「俺の方がお前に置いて行かれないように必死だよ。だからこそ定時制高校に通おうって決めたし、キツイ1年間もどうにか耐える事が出来たんだ」
「私たちは、もう離れないよね」
「ああ、川崎と横須賀の距離でこう言っていいのか分かんないけど……遠距離終了……だな? 普通の恋人みたいにしょっちゅうデート出来ないし構ってもやれないけれど……」
「普通の恋人だよ。電話やメールして、沢山お喋りして……たった片道2時間で会うことが出来る、両想いの恋人同士だよ」
「そうか……そうだな、漸く……」
遠距離恋愛は終了……。
2人同時に呟いて、周囲をそっと見渡して……それからどちらともなくそっと唇を重ねた。