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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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70、遠距離終了……だな? (1)


合格発表の翌日にアパート探しで横浜に来た母と私は、3件巡っただけでアッサリと最初に見た物件に決めてしまった。


と言うのも、昨年の11月頃からインターネットで大学周辺のアパート情報を仕入れていたのに加え、母の同僚の娘さんが以前住んでいたというそのアパートに最初から目星をつけていたから。



大学の最寄駅から徒歩1分。ここから大学まではバスで10分。


ブラウンとホワイトからなるタイル張りの洒落た外観の7階建てで、テレビドアホン付きのオートロックドア。1Kの部屋にはエアコンも付いている。


市街地にあるから徒歩300メートル圏内にコンビニやレンタルDVD、お弁当屋さんまであって便利なのに家賃が4.7万円と格安なのは、築25年の年代物だから。


だけどフルリノベーション済みで床はフローリングだし、借りる部屋は5階だから防犯面でも安心だ。女子大生も多く住んでいるという。


……という訳で、昼前には契約を済ませてしまった私たちは、一路たっくんの待つ横須賀へと向かったのだった。




アパートの最寄駅から電車とバスを乗り継いで約2時間。『サニープレイス横須賀』に到着すると、ちょうどレクリエーションを終えた穂華さんの車椅子を押して食堂から歩いてくるたっくんと出くわした。




「たっくん!」

「小夏……早苗さんも、お久しぶりです」


ピョコンと頭を下げたたっくんに母も「お久しぶり」と笑顔を浮かべたけれど、車椅子の穂華さんに視線を向けた途端、その表情を曇らせた。



1年ぶりに見る穂華さんは、足も手も浮腫(ふしゅ)で膨れ上がり、眼球が黄色っぽくなっている。切り替えのないダボッとしたワンピースを着ているのは、腹水(ふくすい)でぷっくりしているお腹を圧迫しないためだろう。



「穂華さん、お久しぶりです。体調はどうですか?」


母が彼女の目の前にしゃがみ込んで同じ目線で話しかけたけれど、穂華さんは黙って浅く頷くだけだ。

目をしょぼしょぼさせた、半分寝ているようなトロンとした表情は、私たちのことをまるで映していないようだった。



「最近はずっとこんな感じで、昼間も寝てることが多くて……」

「そうなの……」


たっくんの言葉に母が肩を落として立ち上がり、私たちは一緒に穂華さんの部屋へと戻った。



穂華さんを横抱きに抱え上げて「よっこらしょ」とベッドに戻すと、たっくんは「ちょっとすいません、オムツを替えるんで」とシャッとカーテンを閉めた。


もう何十回、何百回と繰り返してきたんだろう。たっくんは手早く処置を済ませると丸めた紙おむつを片手にカーテンを開け、トイレにあるゴミ箱に捨てに行った。



元々肝臓の数値が良くなかった穂華さんが肝硬変だと診断されて半年。たっくんから聞いてはいたけれど、その様子を目の当たりにすると衝撃は大きかった。


だけど、徐々に変わっていく姿を毎日そばで見ているたっくんは、もっと辛いに違いない。



『アルツハイマー も肝硬変もさ、アルコールを大量摂取してたり不規則な生活してると発症しやすいんだってさ。まさしく母さんだよな』


以前たっくんが電話でそう言っていた。


だからと言って飲酒している人がみんな病気になる訳ではないし、規則正しい生活をしていたって病気になる時にはなるんだ。


高齢者が多いアルツハイマー病において若年者の割合はたったの4%程。その4%に穂華さんが入ってしまったのは『運が悪かった』としか思えないし、そこに肝硬変まで発症するなんて、神様がたっくんに意地悪しているんじゃないだろうか。



「そう言えば遅くなったけど、改めて、合格おめでとう」


穂華さんに布団を掛けて振り返ると、たっくんは優しく目を細めてお祝いの言葉をくれた。


穂華さんに付き添っているから……と言う母に甘えて、私とたっくんは2人で建物の裏に出た。いつか座った白いベンチに腰掛けて海を見下ろすと、懐かしい潮の香りがした。



「アパートはどうだった?あそこに決めたの?」

「うん。思ってたより綺麗で住みやすそうだった」


私が1人暮らしするにあたりたっくんが1番気にしていたのが防犯面だったけれど、アパートの情報を伝えた時に『ここなら安全そうだな』と気に入ってくれていたので、そこに決まって安心してくれたようだ。



「いつからこっちに住むの?」

「4月の頭から3日間オリエンテーション・ガイダンスがあって、その後の金曜日に入学式だから……生活の準備期間を考えたら卒業式の翌週くらいかな……」


「そうか、いよいよだな。自分が大学に行くんじゃないのに、なんかワクワクするな」


「私は3月6日が卒業式だけど、たっくんは?」

「俺は7日の土曜日」


「私、たっくんの卒業式に行ってもいい?」

「えっ? 来なくていいよ、恥ずかしい」


「なんでよ、たっくんのスーツ姿とか見たいし」

「ええ〜っ……考えとく」


私が思わず「ふふっ」と頬を緩めると、たっくんが「何だよ」と不貞腐れたような顔になる。



「一緒に高校卒業だね。嬉しいな」

「ああ……うん、俺も嬉しい。無理してでも頑張って行って良かったよ」



あの日……たっくんと遠距離開始となった日の新横浜駅で言った、『高校に行くよ』発言。

あれはその場限りの思いつきでも勢いだけでも無かった。


たっくんは1年間、横須賀の定時制高校に通い、この春無事に卒業出来ることになったのだ。


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