64、キスしたくなるに決まってるだろ? (2)
離れで行われた話し合いで口火を切ったのは伯父の敏夫さんだった。
「今日見た通り、穂華はもう自分で財産の管理が出来ない。それについては家族信託でお祖母ちゃんが通帳や権利書を預かっていて、それらはいずれ全部お前のものになる」
敏夫さんがそこまで言ったところで、横から伯母の洋子さんが口を出して来た。
「穂華さんがね、自分が死ぬまで拓巳くんには内緒にしておくようにって言ってたらしくて……親子なのにあんまりよね。それでお祖母ちゃんもお祖母ちゃんで、穂華さんの言うなりになって……私も敏夫さんも驚いちゃって」
「拓巳もそれを知った上でここにいるんだ。今更その話を蒸し返したって仕方ないだろう。それよりも……今話した財産のことだ。今のところは祖母さんが管理してるんだが……今後どうするかだ」
たっくんは未成年だし名古屋に住んでいる。出来るなら今まで通りお祖母様にお任せしたいと言ったところ、伯父さんも「それがいいだろうな」と言って、話がまとまりかけた。
そこに待ったをかけたのが洋子さんだった。
「お祖母ちゃんがね、穂華さんのお金を使うのは忍びないって言って、施設の雑費を自分のお金で払ってたんですって。それはお祖母ちゃんから穂華さんへの生前贈与になると思うんだけど……拓巳くんはどう思う?」
「洋子、そんな話を拓巳にしたって仕方ないだろう!」
「だけどお祖母ちゃんだっていつどうなるか分からないし、穂華さんがあんな状態なんだから、拓巳くんに言うしかないじゃない」
生前に自分の財産を誰かに分け与えておく事を『生前贈与』と言う。
洋子さん曰く、今までお祖母様が穂華さんのために支払ってきたお金がそれに当たるから、お祖母様の遺産を分与する時に穂華さんの取り分を減らして相当だろうと言うのだ。
ーーお祖母ちゃんが死んでもいないのに遺産の相談かよ……もうそんなのどうでもいいよ。好きなだけ持ってきゃいいだろう!
そう思っていた時に、洋子さんの隣から大きな怒鳴り声がした。敏夫さんだ。
「洋子、お前いい加減にしろっ!穂華はともかく拓巳には何の罪も無いだろう!母親があんな状態になって一番ショックを受けてるのは拓巳なんだぞ!」
「だけど、こう言うことはちゃんとしておかなきゃ……」
「だけどもクソも無い!これから母親に会いに来るのだって新幹線代が掛かるんだし、どうしたら拓巳に多くお金を渡してやれるかを考えるのが身内の役目だろうがっ!祖母さんが良かれと思ってした事でコイツにシワ寄せが行くなんてあっちゃならないんだ!」
洋子さんはまだ何かを言いたそうな表情をしていたけれど、弁護士さん達の「仰る通りです」の言葉に黙り込むしか無かったようだ。
そういう話を電話で話すたびにポツポツ聞かせてもらっていたけれど、アパートの保証人を頼める程の関係になっているのなら安心だ。たっくんの近くには、何かあったら頼れる大人がいてくれるんだ……。
「幸夫くんがね」
「えっ、幸夫?」
「そう。たっくんを探しに行った時に会ったって話したでしょ? その時に幸夫くんが、『俺の父さんは母さんに頭が上がらないんだ』って言ってたの。だけど伯父さんはたっくんのために言い返してくれたんだな……って思って」
「うん、そうだよな……」とたっくんが感慨深い表情になる。
「俺は大人なんて信じてなかったし、俺の味方は小夏だけだって思ってたけど……なんだかんだ言って大人に守ってもらってるんだよな」
「うん、そうだね。たっくんも私も……」
そこでたっくんが思いついたように私の顔を覗き込む。
「そう言えばさ、幸夫とはどんな話をしたんだよ。アイツ、俺のことを何か言ってた?」
ーーそうか……たっくんは幸夫くんと離れでちょっと会ったきりなんだ……。
穂華さんは月島家の汚点で、世間的にはもう何処かに行ったまま存在していないことになっているから……。
だから私はことさら明るい表情でふざけた物言いをした。
「うん、たっくんが『彼女が出来た』ってプリクラを見せてくれたって。何よ、プリクラは恥ずかしいとか言っておいて、ノリノリで見せびらかしてるんじゃん!」
「いやっ、それはっ!……いいじゃん、従兄弟くらいには自慢したって」
「『初恋の子』なんですって?お前、俺のことめちゃくちゃ好きだな!」
「ちょっ……俺の口調を真似するのはやめてくれ!マジで恥ずいから!」
「フフッ、いつもたっくんに言われてばかりだもん、この機会に攻撃しておかなきゃ。あっ、やっぱりこの部屋にも私たちの写真を飾ってる!お前、俺のことめちゃくちゃ……んっ!」
言い終わる前に唇で言葉を奪われた。
不意打ちのキスは長くて激しくて、ようやく離れた時にプハッと慌てて息をした。
「たっくん……ズルい」
「お前なぁ〜!目の前で可愛い彼女がはしゃいでるのを見たらさ……そんなのキスしたくなるに決まってるだろ? 3週間ぶりなんだぞ!タクシーの中で我慢した俺を褒めろよ」
「タクシーの中は当然でしょ!」
「当然じゃねえよ。俺、お前の指を触りながら、めちゃくちゃムラムラしてたんだからな。小夏は平気なわけ?」
「そっ、そりゃあ、私だって……」
モジモジしながら俯いたら、両手で頬を挟まれて、至近距離から見つめてくる。
「こんなキスだけじゃ全然足りないっつーの。今夜は一晩かけて思いっきり愛でるから。覚悟しろよ」
「愛でっ!……覚悟って……」
「言うより態度で示した方が手っ取り早い。『俺はお前のことめちゃくちゃ好きだからな』」
ーーうわっ、攻撃返しされた!
「そんじゃ寝室にご案内しま〜す!」
ヒョイっとお姫様抱っこされたかと思うと、抵抗する間も無く寝室へと連れ込まれた。
「小夏……来てくれてありがとう。めっちゃ嬉しい。優しくする」
ベッドにゆっくり下ろしながら耳元で囁かれて、腰が砕けた。
ーーああ、もうっ!
私の攻撃なんて、たっくんには猫パンチ程度のダメージしか与えられないんだ。
私はたっくんの指先一つで全身の力が抜けてしまうっていうのに……ホント敵わない。