62、手を出したらマジで締めるよ?(2)
いつの間に移動していたのか、気付けば私と千代美の間に割り込んで、司波先輩がスマホの画面を覗き込んでいる。
『なっ、なんで司波?!』
「ああ、今日は折原さんとカラオケデートだよ」
『はぁあ?!』
「ちょっ……たっくん違うから! ……司波先輩!真面目な顔してサラッと冗談言わないで下さいよ!……って言うか、先輩でも冗談を言うんですね」
「僕だって冗談くらい言うよ。こういうのを『ギャップ萌え』って言うんだろう?どうかな?少しはドキッとしたんじゃないかな?」
「ドキッっていうか、ビックリしました」
「そうか。ギャップ萌えと言うのは『ゲインロス効果』という心理効果によるものでね……」
中指でクイッと眼鏡を押し上げて司波先輩お約束のウンチクが始まったところで、画面の向こう側からたっくんの大声が響き渡る。
『おいっ、司波っ、ざけんな!何をそっちで勝手に盛り上がってんだよ!』
「こらっ!たっくん失礼でしょ!司波先輩に感謝してるんじゃなかったの?!」
『感謝の気持ちも引っ込んだわっ! 司波っ、人の彼女にちょっかい出してんじゃねえぞ!』
「和倉くん、大丈夫!今日はただのカラオケ&報告会! 私たちも一緒なんで安心してよ」
「そうよ和倉くん、司波先輩は見事に玉砕してるし、小夏は和倉くんに夢中だから心配無用よ」
ここで漸く親友2人も参戦。助かった!
『2人とも……久し振りだな』
2人が一緒にいると確認して、やっとたっくんも落ち着いたようだ。急にトーンダウンして大人しくなった。
「お母様のことを小夏から聞いたわ。知らなかったとは言え、何のお手伝いも出来なくて……」
清香の言葉に、スマホの中のたっくんが首を横に振る。
『いや……黙っていたのは俺だから。それより……小夏を寄越してくれて嬉しかった。ありがとう』
「和倉くん、僕も何の力にもなれず、先輩として申し訳なく思う。だけど君の選択は立派だと思うし、折原さんは君のそんな潔さに惹かれたんだと改めて思うよ。看病は大変だと思うけれど、自分の体も大事にして頑張って欲しい」
『司波……お前が小夏の背中を押してくれたんだよな、ありがとう。お陰で別れずに済んだ』
「ああ、彼女が落ち込む姿を見ていたくはなかったのでね。『行動あるのみ』だ」
『おい、そこはお得意の『偉人の名言』じゃないのかよ』
「これもギャップ萌え狙いだな」
『ハハッ、それは使い方が間違ってるだろ』
「そうなのか?まあいい、それじゃあリクエストに応えて……『自分の道を進む人は、誰でも英雄だ』」
『おっ、それは知らないな。誰の言葉?』
「ヘルマン・ヘッセだ。僕は君が選んだ道を応援しているよ」
『ヘルマン・ヘッセ……『車輪の下』か……いい言葉を聞けた。サンキュー』
いつの間にか2人が親友みたいになっている。元々は同じ文学少年同士、一度打ち解ければ通じるものもあるのだろう。
『自分の道を進む人は誰でも英雄』
……なんて素敵な言葉だろう。
過度な励ましでも慰めでもなく、たっくんが進もうとしている未来を応援する愛情溢れる言葉だ。
沢山の名言の中から瞬時にこれを選んだ司波先輩のセンスには脱帽してしまう。きっと勉強ができるだけでなく、本当の意味で賢い人なのだろう。
「和倉くん、君とは立場が違う僕なんかが偉そうなことを言う気は無いけれど……『雲外に蒼天あり』だ。いつか落ち着いたら、また文学について語り合おう」
『ああ、そうだな……だけどな、司波、小夏のことはマジで諦めろよ』
「申し訳ないが確約は出来ないな」
ーーあれっ?あれれれ?また雲行きが……
『お前、いくら小夏のことを想ってたって無駄だぜ。ソイツは俺のことが大好きだからな』
「知ってるよ。だから君はドーンと落ち着いて構えていればいいのに、やけに余裕が無いんだね。遠距離恋愛を続ける自信が無いのかい?」
『はぁ?!司波、お前もしかして俺に喧嘩売ってんの?』
「喧嘩は得意じゃないから遠慮しておくよ。だけど、また彼女を泣かせるようなら僕もただの良い人ではいられないかもね」
司波先輩は人を煽る天才なのかも知れない。一見たっくんの口撃に言い返しているだけに見えるけど、実際には冷静かつ微妙に刺のある言い回しでチクチクと攻めている。
不毛な言い合いに飽きたのか疲れたのか、最後にたっくんが画面に思いっきり近付いて凄みのある声を出した。
『俺の小夏に手を出したらマジで締めるよ?』
前言撤回。やっぱり2人は相容れないみたいです。