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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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61、手を出したらマジで締めるよ? (1)


「え〜っ、何それ!偶然が過ぎる!まさしく運命じゃない?」


千代美がマイクを持ったまま大声で叫ぶものだから、キーンとハウリングが起こって皆で一斉に耳を押さえる羽目になった。



日曜日の午後3時、駅前のカラオケ店に4人が集まったのは、もちろん横須賀での顛末の報告と、応援してもらったことへの御礼のため。


『お母さんからもありがとうって、良く御礼を言っておいて頂戴ね』そう言って母から軍資金を渡されているので、今日の会は私の奢りだ。


だからと言ってパーッと散財しようと言うようなメンバーでは無いけれど、それでも目の前のテーブルには、ドリンクの他にフライドポテトや唐揚げの盛り合わせ、ピザにたこ焼き、シーザーサラダなど、いつもより豪華なラインナップが出揃っている。



「そのタクシーの運転手さんに会えたのがラッキーだったわね。会社の方に行ってたらそんなに上手く行かなかったんじゃない?」


清香の言葉に「うん、私もそう思う」と頷くと、司波先輩が、「それにしても和倉くんのお母さんが若年性のアルツハイマーとは……驚いたよ」と抑えた声で呟いたから、私も清香たちも釣られて表情を暗くした。



「確かに毎日通うのは根気がいることだし、お世話も大変みたい。だけどたっくんは穂華さんの病気を悲観するばかりじゃなくて、母子(おやこ)の貴重な時間だって前向きに捉えてるの」



昨日名古屋に帰ってからたっくんに電話を掛けると、穂華さんはちょうど夕食が終わってベッドでうつらうつらしている所で、その間にたっくんだけそっと部屋を出て談話室で話をすることが出来た。



『今日はありがとうな。会えて嬉しかった』

「うん、私もたっくんに会えて嬉しかった」


夜のひっそりとした談話室の空気がそうさせるのだろうか、たっくんが昼間は聞かせてくれなかった今の心境を、ぽつりぽつりと語り出した。



『俺は……物心がついた時には母親が夜の仕事をしてただろ? 母さんは昼間はいつも眠たそうにしてて構ってもらえなかったし、男が出来たらそっちに夢中で、住む場所もコロコロ変わって……』


「……うん」



『……だけど今は、毎日スケジュール通りの規則正しい生活の繰り返しだ。それを退屈に感じる時もあるし、母さんの世話は手間だし、面倒だなって思う時もある。それでも……少なくとも男の影に怯えたり、引っ越すようなことはない』


「うん」



『そりゃあ、高校生活に未練が無いと言ったら嘘になるし、小夏に会えないのはめちゃくちゃ辛いよ。だけど、『平和で落ち着いた暮らし』って言うの? そういうのにずっと憧れてたからさ……こうして母さんとゆっくり2人で過ごすのは新鮮で、結構楽しんでもいるんだ』



ーー新鮮で楽しい……。


そうか……良かった。そこに多少の強がりが含まれているとしても、少なくとも絶望に押しつぶされたり、悲しみに打ちひしがれるだけの日々を過ごしている訳ではないんだ。


それが分かっただけでも……そういう話をこうして打ち明けてもらえるようになっただけでも……あそこに行った甲斐があった。





私が語り終えると、皆が申し合わせたように一斉にストローに口をつけてウーロン茶を飲んだ。グラスの中の茶色い液体が勢い良く減って行く。


コトリとグラスを置くと、司波先輩が L字のソファーの端っこから無言でジッと見つめてきた。


「えっ、な……何ですか?」

「よしっ、和倉くんに電話しよう」


「「「 えっ?! 」」」


何を急に言い出すのだと女子3人で驚きの視線を向ける。



「ちょっと司波先輩、お酒を飲んでるわけでも無いのに酔ってるんですか?」


「酔ってないし冗談でも無いよ。僕は今回、自分の気持ちを押し殺して折原さんを送り出した。言うなればピエロの役割を甘んじて引き受けたんだ。和倉くんには嫌味の一つくらい言ってもバチは当たらないんじゃ無いかな?」


千代美のツッコミに動じることもなく、司波先輩は平然と言ってのける。



「え〜っ、司波先輩、それは和倉くんに迷惑なんじゃないですか〜?」

「ううん、千代美。掛けてみるよ、電話」

「えっ、いいの?」



確かに司波先輩の言う通りだ。司波先輩の後押しと3人の協力のお陰で私達は再会出来た。たっくんだって御礼を言いたいだろうし、直接話せたら嬉しいに決まってる。


電話して忙しそうだったらすぐに切ればいい。一言ずつ話すだけでも……。



私はバッグからスマホを取り出してFaceTimeを開くと、たっくんの名前をタップしてからテーブルに立てて置く。


驚くことに1コールですぐに応答があって、スマホの画面にたっくんの端正な顔が映し出された。



『よう、小夏』

「たっくん!出るのが早くてビックリした!」


『今ちょうどスマホで小説を読んでたから』

「穂華さんは? 今話してても大丈夫?」


『うん、今日は地元のオーケストラがボランティア演奏に来てて、みんな食堂に集まってるんだ。母さんは車椅子に座ったまま寝ちゃってるから、川口さんにお任せして部屋でのんびりしてたとこ』


「そうか、良かった」



『うん、小夏の顔が見れて嬉しいよ。相変わらず可愛いな』


ーーうわっ、たっくん、今ここでソレは……!


「ちょ……たっくん」



『今日はどんな服を着てるの? 立って全身を見せてよ。そう言えば、長旅の疲れは出てない?』


「いや、疲れは大丈夫だけど……そうじゃなくてっ」


『俺さ、昨日の夜はなんか小夏の事を思い出してベッドでニヤニヤしちゃってさ……』




「いや、今でも十分ニヤついているよ、和倉くん」

『うわっ!』


突然フレームインしてきた司波先輩に、画面の中のたっくんが思いっきり仰反(のけぞ)るのが見えた。


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