59、母の本音 (1)
帰りの新幹線では、白い雪を被った雄大な富士山が右側の車窓からクッキリと見えた。
たっくんと一緒に見ながら帰るという望みは叶わなかったけれど、心の中はとても晴ればれとしている。
ーー大丈夫、私たちには次がある。
あれからたっくんは、部屋で穂華さんと待っていた母に丁寧に御礼を言い、玄関前で見送る時には『小夏さんとこれからもお付き合いさせて下さい!』と深々と頭を下げてくれた。
私も慌ててたっくんの隣に並んで一緒に頭を下げると、母は『あら、まるで結婚の申し込みみたいね。こちらこそ、小夏をよろしくね。私達で出来ることがあれば言ってちょうだい』とたっくんの肩に手を置いた。
後ろで穂華さんが車椅子に座って見ていたから、彼女の前でこんな会話をしていて大丈夫なのかな?と心配だったけれど、たっくんによると以前『拓巳くんは彼女いるの?』と聞かれて、『はい』と答えてあったそうだ。
『そこはどうしても嘘をつきたくなくってさ』そう首の後ろをさすりながら照れたように言うたっくんが愛おしかった。と同時に、だから穂華さんは最初から私に対してあの態度だったのか……と納得がいった。
『また連絡するから』
たっくんはそう言って新しい電話番号もメアドも私のスマホに登録し直してくれた。
私たちに『また』がある……それが嬉しくて堪らない。
ーーやっぱり行ってよかった……。
スマホを胸に抱きしめて、改めて喜びを噛みしめる。満足感と達成感で心が満たされている。
帰ったらすぐに清香たちに会いに行こう。借りたお金も返さなきゃ。
ーーだけどまずは……
「お母さん、ありがとう」
一緒に富士山の方向を眺めていた母に顔を向けると、「あら、急に何?」とキョトンとされた。
「何って……私が知らないところで穂華さんの力になってくれて、今回は私のワガママに付き合ってくれて……お母さんがいなかったら、きっとあそこまで辿り着けなかった」
「本当にね〜、小夏には驚かされてばかりよねぇ」
「ごめんなさい。だけど私……もう後悔したくなかったの」
それを聞いて母は苦笑しながらも、何故か瞳を潤ませている。
「……お母さん?」
母は黒いハンドバッグからハンカチを取り出すと、目尻にそっと当てた。
「小夏…… ごめんね」
「えっ?」
「……正直に言うわ。お母さんね、本当は小夏を拓巳くんと関わらせたくないって思ってた」
「えっ?!それは……穂華さんがアルツハイマー だから?」
突然の告白に一瞬戸惑ったけれど、穂華さんの病状を見れば、母親としてそう考えるのも仕方がないだろうと思えた。
ーーそれでもお母さんはたっくんとの付き合いを許してくれたんだ。今は感謝しかない。
そう解釈して勝手に納得していた私に、母はゆっくりと頭を振る。
「違うの。もっと前……私は最初からずっと……」
「えっ? 最初から……って…… 」
「ええ、 最初の最初。拓巳くんと初めて公園で会った時から、 この子は家庭に問題がありそうだから、 小夏と仲良くさせたくないな……って思ってた」
ーーえっ、だって……。
「ウソでしょ? お母さんはいつだってたっくんに優しくしてくれたじゃない」
「そうね。 優しくて常識のある大人でいようと……そうあろうと努力していたわ。拓巳くんには何の罪もない。 社会や一部の大人が悪いだけなんだ。 だから私だけでも子供達を正しく導く立派な大人でいなければいけない…… そう自分に言い聞かせていたの。 だけど…… 」
母は時折言葉を詰まらせながらも、ゆっくりと話を続ける。
「だけどね、心の中ではずっと、『お願いだから、小夏を巻き込まないで』って思ってた。 拓巳くんを可哀想だと思いながらも、 疎ましく思ってもいたわ。 ずっとずっと…… 心の中で葛藤を続けていたの」
『小夏が好きになったのが普通の子だったら良かったのに』
……そんな風に思う自分が嫌だったのだと、母は涙ながらに語った。