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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
201/237

51、こっちが本命なんだ。可愛いだろ?


『サニープレイス横須賀』は、『相模湾(さがみわん)に面した絶好のロケーションで最高のセカンドライフ』をキャッチフレーズに、20年前に開設された民間の介護施設だ。


白を基調とした清潔感のある建物は、バリアフリーで広々とした開放的な造り。

一見すると南国リゾートのホテルを思わせるような明るい佇まいで、全室南向きのオーシャンビューというのを売りにしている。



5階建ての建物の1階から3階までが入居者の住居で、それぞれの階に談話スペースや食堂、洗濯室、ケアワーカー室などが設けられている。


4階にはデイサービスセンターと調理室に大浴場。5階には面会者の宿泊室や多目的ルームなど、施設も充実していて、なるほど母が『お金持ち向けの施設』と称したのも頷ける。




「本当にホテルみたい。こんな所にポンと前払いで入居しちゃうなんて、穂華さんはやっぱり『月島建設のお嬢様』なんだね」

「まあ、今となっては『元・お嬢様』だけどな」



私とたっくんは今、3階の『静養(せいよう)室』の畳に腰掛けて話している。

『静養室』は『救護(きゅうご)室』のような場所で、体調が優れなくて点滴などの医療処置が必要になった入居者を一時的に休養させるための部屋だ。


場合によってはここが臨終(りんじゅう)の場にもなるため、付き添い者が腰掛けて休んだり、布団を敷いて寝られるよう、壁際に畳のベッドが備え付けられている。



たっくんによると、穂華さんは個室のため、ここを利用することは無いらしい。


なのにどうして私たちがこの部屋に入ることが出来たかというと、たっくんがスタッフルームに寄って「空いてる部屋ってありますか?ちょっと使いたいんだけど」と言っただけで、すぐにこの部屋の鍵を渡してもらえたからだ。



その時に年配の女性職員さんがたっくんの後ろにいる私をチラッと見て、「浮気は穂華さんにバレないようにね〜」と笑いながら言ったのは、もちろん冗談。

たっくんも慣れた様子で、「こっちが本命なんだ。可愛いだろ?」とサラッと返していた。


「静養室を使うのはいいけど、内側から鍵は掛けないでね。中で悪さするんじゃないわよ」

「ちぇっ、残念」


そんな冗談を交わせるのは、たっくんが既に施設の職員さん達と顔馴染みで、気心が知れているからなんだろう。



この施設のスタッフや長くいる入居者は穂華さんの病気を理解しているし、たっくんが穂華さんの息子だと言うことも分かっているけれど、それを知らないショートステイやデイサービスの利用者なんかは、たっくんを愛人かなんかだと思っているらしい。


施設を一通り案内されてからこの部屋に来る途中、何人かが手を繋いで歩いている私たちに気付き、「おいおい、浮気はダメだぞ〜」とか、「今日は違う彼女を連れてるのか?」なんて、ニヤニヤしながら(はや)し立てられたけど、そちらはあながち冗談で言っているのでは無いのかもしれない。



ーーつまり、それだけたっくんがここに通い詰めているという事なんだ……。




「……驚いた?」


てっきり施設のことを言っているのだと思って、「うん、いい所だね。サービスも充実しているし」と答えたら、「違う、母さんのこと」と言われて「ああ……」と言ったきり言葉を詰まらせてしまった。


どう答えたらいいんだろう。

だけど、きっと同情の言葉を聞きたいのでは無いと思ったから、感じたことをそのまま素直に伝えることにした。



「うん……驚いたけど、相変わらず穂華さんって感じだった」

「ハハッ、そうだろ。昔と変わらず我が儘で気が強いんだ。職員さんも困ってる」


「ふふっ、職員さんを困らせちゃってるんだ」

「うん。普段はヨロヨロとしか歩けないくせに、何故か急にスイッチが入ると、スタスタ歩き出して遠くまで行っちゃうんだ。迷子になってはスタッフが警察に呼び出されてた」


「えっ?」


私が思わず驚いた声を上げると、たっくんが眉尻を下げて苦笑して見せる。



「痴呆によくある症状。……徘徊(はいかい)ってやつ。入所したばかりの頃はそこまで酷くなかったからカードキーを自己管理させてたみたいで……そしたら夜中に施設を抜け出したらしい」


そこでカードキーをスタッフ管理にしたら、今度はまっ昼間の散歩中に丘を降りて漁港の方まで歩いて行ってしまった。


スタッフの監視の目が厳しくなると、今度はイライラしてスタッフに当たり散らす。それでもお祖母様がマメに訪問してくれていた間はマシだったのだけど、そのお祖母様が病気で入院してしまうと、今度は(うつ)になって殆ど食事を摂らなくなった。



「スタッフが困り果ててたところに、お祖母(ばあ)さんから話を打ち明けられた叔父さん夫婦が現れて……そしたら母さんが興奮状態になって暴れ出して……そそくさと退散した叔父さん達が思い出したのが、俺の存在だった」


たっくんが私の右手に自分の左手を乗せて、ギュッと握りしめてきた。



ーーあっ……


話が核心に迫っている……そう思った。


ここから先が、私が知りたいと思っていたこと。私を捨ててまでここに来た理由と、それから今日までのたっくんの様子が語られようとしているんだ。



だから私はたっくんの話を聞きやすいように身体を斜めにズラし、スッと背筋を伸ばして呼吸を整えると、「うん……」と短く相槌を打って、その先を促した。


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