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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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50、ライバル


「和倉くん、来てくれたのね!」


たっくんの姿を見た途端、穂華さんが顔をパアッと明るくして甘えた声を出した。



「早苗さん、ありがとうございました。食堂には俺が連れて行くんで」


「あら、いいのよ。私もお腹が空いたところだし、一緒に行きましょうよ。さっ、穂華さん、食堂に行きましょうね」


母がそう言ってベッドに腰掛けている穂華さんの背中に手を回すと、彼女は肩をすくめてその手から(のが)れ、「私、和倉くんとがいいわ」と、右手をたっくんの方に差し出して来る。


母がたっくんと顔を見合わせて苦笑(にがわら)いしながら場所を譲ると、たっくんが「さあ穂華さん、一緒に行きましょう」と彼女の手を握り、ベッドからそっと立たせた。



穂華さんは当然のようにたっくんの腕に手を絡めてしがみつき、ゆっくりと並んで歩き出す。


ちょこちょこと小股で一歩一歩足を進めるその姿は、まるで結婚式の新郎新婦のようで、後ろ姿だけなら恋人同士のように見えなくもない。


おぼつかない足取りでゆっくり歩いて行くその後を、私と母が少し離れてついて行く。



「穂華さん、拓巳くんのことがお気に入りなんだって」


私の耳元に口を寄せ、母が小声で囁いた。


「たっくんのこと、本当に全然分かってないの?」

「うん、そうみたいね。拓巳くんのことはここの職員さんだと思ってるみたい」


ーーそんな……。



3年振りに会った母親が病気になっていて、しかも自分のことを覚えていないだなんて、どれだけショックだっただろう。


あんな風に笑顔でいられるようになるまで、どれだけ悩んだり苦しんだりしたんだろう。


そして、一緒にいながらそのことに全く気付いていなかった自分が悲しくて悔しくて……心臓がキュッと掴まれたように傷んだ。


穂華さんに話し掛けている横顔を後ろから見つめながら、思わず自分の胸元をギュッと握りしめていた。




食堂はさっき来たエレベーターホールの向かい側にあって、病院みたいな造りの白い廊下を右に折れると、仕切りなしの広い空間が広がっている。


そこに白い大きな長テーブルが4列と、窓際に4人用の丸テーブルが3つ、程よく距離を開けて置かれている。


丸テーブルの向こう側には天井の高さの大きな窓があり、その先には輝く海の絶景が広がっていて、私は思わず「わあっ、凄い!」と声に出していた。



「あっちの丸テーブルに座る?」


母がそう声を掛けると、穂華さんが「私、あっちがいいわ」と私の顔を睨み付けながら、たっくんの腕をグイッと引っ張る。


またしても母とたっくんで顔を見合わせてから、「俺はあっちで穂華さんの食事のお手伝いをするんで、2人は向こうでゆっくり食べてて」そう言って、たっくんは穂華さんを連れて長テーブルの方へ歩いて行った。



「それじゃあ私達は向こうに行きましょうか」


母がウォーターサーバーで2人分の水を汲んで持って来てくれて、丸テーブルの上にコトリと置く。

座席を確保したところで一緒に券売機に行き、2人揃って海鮮丼を選んで、カウンターのおばさんに券を渡して席に戻った。



「海鮮丼があるなんて凄いね。さすが海の近く」

「ここはお金持ち向けの施設だから、至れり尽くせりよ。海鮮丼は週末だけのメニューだけどね」


まだ館内は穂華さんの部屋とこの食堂しか来ていないけれど、それだけでも高級感があるのは感じていた。

入居者も着ている服が上品で洒落ているし、髪もちゃんとセットされていて、そう言う目で見ると、みんな揃ってお金持ちに見えてくる。



たっくんの方に目をやると、穂華さんの首回りにナプキンを巻いてやってから彼女の隣の席に座り、係の人が配膳して来るのを待っている。


視線に気付いたのか、たっくんがこちらを見てニコッと顔を綻ばせ、ガタッと立ち上がって歩いて来た。



「もう注文した?ここの海鮮丼は美味しいよ」

「うん、もう食券を渡して来たよ。たっくんは?」


「俺はカツカレー。カレーは早苗さんの方が美味しいけどね」

「あら、拓巳くんは相変わらず嬉しいことを言ってくれるわね」


「早苗さん、本当だよ。俺、早苗さんの料理は全部大好き」

「良かったらまた食べにいらっしゃい」


「……うん、ありがとう」


最後にちょっと目を伏せて複雑な表情になったのが、それを実現することの難しさを(あらわ)しているようで……なんだか切なくなった。



「和倉く〜ん!」


大声のした方に3人揃って顔を向けると、穂華さんが椅子の背に手をついて腰を浮かせている。


「ヤベっ!小夏、俺、戻るわ。また後でな」



「穂華さん、今行くから立たないで!」と大声で呼び掛けながら、たっくんはそそくさと戻って行く。


たっくんが穂華さんに何か話し掛けながら席につくと、彼女がたっくんの腕に触れながらこちらを見て、『ふんっ!』とそっぽを向いた。



ーーうわっ!


「さっきのアレもだけどさ……私、穂華さんに焼きもちを()かれたのかな」

「まあ、そうなんでしょうね」



ここに来るまでに、母から穂華さんの症状は簡単に説明を受けていて、注意事項も聞かされていた。


穂華さんは症状がかなり進んでいて、今は20代前半の若い頃まで記憶が退行している。

たっくんのことは『亡くなった夫によく似たイケメンさん』だと思っているらしいので、私達もそれに話を合わせるように。


そして、穂華さんが辻褄の合わないことを言っても、決して否定はせずに受け入れること。



聞いてはいたけれど……分かってはいるけれど……いざその姿を目の当たりにすると、やはりショックではある。



「私は穂華さんから見たらライバルなのか……」


かいがいしく母親の世話を焼いている姿を見つめながら、自分も少し焼きもちを妬いていることに気付いて、また複雑な気持ちになった。


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