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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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44、陽だまりの再会


それは今から3年ちょっと前の冬。私とたっくんが中2で、まだ再会もしていなかった頃だった。



『生命保険のことで相談があります。一度会ってお話出来ませんか?』


穂華さんから母にそんなメールが届いたのが12月の頭。


鶴ヶ丘のアパートを出てからずっと音沙汰の無かった彼女からの連絡に、母は(いぶか)しがりながらも、保険金が必要な病気か怪我をしたのかな?と思い、指定された横須賀の家……月島家の離れに向かったのだという。



出迎えてくれたのは月島のお祖母様で、彼女に案内されて居間に入ると、ソファーに座っていた穂華さんがそのまま振り返って、顔の横でヒラヒラと手を振った。


「お久しぶり」とニッコリ微笑んだその顔は、いくぶんか疲れた感じに見えたけれど、相変わらず綺麗で年齢よりも若々しく見えた……らしい。





「それで、穂華さんの用件は何だったの? やっぱり保険のこと?」


「そう。それと拓巳くんのこと」

「たっくん?!」


私が前のめりになって聞き返すと、母は私を諭すように手で制して、話を続けた。



「穂華さんが和倉さんと結婚して名古屋に住んでいた……って言うのは、あなたも知っていることだけど、私が穂華さんと会ったのは、彼女が和倉の家を出て数日後のことだったの」



確かたっくんは、11月の終わりに穂華さんが失踪して、その日にお祖母様に電話を掛けたと言っていた。

……とすると、穂華さんが実家に舞い戻ったのは、それから数日経ってからだったんだ……。



「……えっ、ちょっと待って! 穂華さんが見つかったのに、どうしてお祖母様はたっくんに電話しなかったの? お母さんだってそうだよ!私はともかく、息子であるたっくんに内緒にするなんて酷いよ!」


すると母は目を伏せて、「そうね……小夏の言う通りだわ……」と辛そうな表情になったけれど、すぐに視線を戻して一つ息を吐き、覚悟を決めたように衝撃的な告白をした。



それは私が全く予想もしていなかった事で、聞いた途端に言葉を失い、全身が震え出した。


「嘘……そんな……」


だけど瞳を潤ませ唇を固く結んだ母の表情(かお)が、決して嘘や冗談では無いことを物語っている。



沈黙が支配する部屋に、私がスンと鼻を啜る音だけが響く。サイドテーブルの上の箱からティッシュを引き出して鼻を噛んでいると、母が腕時計を見て、「そろそろ行きましょうか」と立ち上がった。


私も釣られるようにフラリと立ち上がり、洗面所で顔を洗い、涙の跡を消した。



ーーそうだったのか……。


だからたっくんは、誰にも何も言わず、あそこから去ったんだ。


私たちとの高校生活も、私と過ごす時間も(あきら)めて……悩みも苦しみも哀しみも、全部丸ごと自分だけで抱え込んで……。



「馬鹿……たっくんの馬鹿」


洗面台の鏡には、洗ったばかりの顔をクシャクシャに歪ませて、再び涙で濡らしている私がいた。



ーー絶対に許さないんだから。


追い掛けて捕まえて、絶対に文句を言ってやる!

2回も黙って消えたことを、何度も謝らせてやるんだからね。



だからたっくん、お願いだから、待っていて……。





目的の場所は、ホテルを出てすぐのバス停からほんの10分程の距離にあった。


『陽だまりが丘』行きの路線バスを終点で降りて丘の上を見上げると、白い建物が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


なるほど、『陽だまりが丘』とは上手く名付けたものだと感心しながら、丘の上へと続くなだらかな坂道を、母と並んでゆっくり歩いて行った。




坂を上り切ると突然景色が開けて、建物の全景が目に飛び込んできた。


入り口両側には白い横長の門柱があって、左側に『サニープレイス横須賀』と書かれた金色のプレートが()まっている。


その奥には緑の芝生が敷き詰められていて、その中を区切るかのように、アスファルトの小径(こみち)が四方に伸びている。


そして一番幅の広い真ん中の小径の先には、5階建ての建物がドンとそびえていた。



門柱を横目で見ながら敷地に足を踏み入れると、入り口近くに植えられているソテツの木や、美しく整えられた植え込みを眺めつつ、小径を進んで行く。



ーーあれっ?


そのまま建物に入るのかと思っていたら、母は途中から道を左に折れて、建物の裏側の方に回って行く。


黙って後ろをついて、道をぐるりと回りきったそこで……私は思わず足を止め、唇をわななかせる。


そして次に喉から出たのは、喜びと悲しみの入り混じった叫び声。



「たっくん!」



周囲の景色を見渡せる緑の丘の上。

陽だまりの射すその場所に、彼が……彼らがいた。


ブックマークや評価ポイントをいただきありがとうございます。いつも励まされています。


いよいよ最後のクライマックス、2人の再会です。

ここからはラストに向かって穏やかに収束して行く予定です。残りどれくらいの話数になるのか分かりませんが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人が会えた!(T_T) 本当によかった。続きを宜しくお願いします。
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