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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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36、司波先輩の告白


あの日から私は3日間学校を休んで、4日目の朝に、家まで迎えに来てくれた千代美と清香と共に学校に登校した。


学校では当然のように皆の好機の目に晒されたけれど、たっくんを失った苦しみに比べたら、そんなのどうでも良かった。


その前日にお見舞いに来てくれた2人に全部打ち明けて一緒に泣いてもらったから、それで多少は気持ちが落ち着いたというのもある。



紗良さんにたっくんが引っ越した事を伝えたら、電話口で絶句された。だけど彼女にも私の気持ちが分かるらしくて、それ以上は何も聞かれず、ただ『また何か分かったら教えてちょうだい』とだけ言われた。



その日の夜に、母にもたっくんがいなくなった事を伝えた。

母は両手で口元を押さえてとても驚愕していて、その姿を見たら、いつかたっくんと2人で『シアワセです』と母に答えた事を思い出した。


運がいいのか悪いのか、その時の夕食のおかずがハンバーグで、

『たっくんはあの部屋で1人、どんな気持ちでハンバーグを食べたんだろう。2人で作った楽しい思い出を思い浮かべて微笑んでいたのか、その後の別れを想って胸を痛めていたのか……その両方なのかもしれない』


なんて考えていたら、また切なくなった。



そうして一見いつも通りに戻った私の日常は、今度はたっくんとの思い出探しへと切り替わった。

学校の校庭で、校舎で、そして家の和室や縁側で、気付けばたっくんの姿を探し、楽しかった記憶を辿ってしまう。


だけど心にポッカリ空いた穴はそんな思い出だけでは決して埋められることなく、私から喜びや希望というものを奪ったままだった。



お風呂上がりに洗面台の鏡に映るのは、薄くて貧相な私の身体。この身体をたっくんは綺麗だと言って愛してくれた。

あの日たっくんが身体中に散らせた赤紫の花びらの(あと)は、ずっと消えて欲しくないという私の願いも叶わず、徐々に薄くなって消えていった。



たっくんもこんな風に、私のことを思い出してくれているんだろうか? 写真立ての中の写真や、スマホに貼られたプリクラを見つめているんだろうか?

それさえも、今の私には分からない……。



***



春の日差しがうららかな3月第1週の金曜日。


卒業式が終わった陽向高校の校庭では、卒業生達があちこちで記念写真を撮ったりしながら別れを惜しんでいた。



「司波先輩、卒業おめでとうございます!」


文芸部の在校生一同で花束を贈ると、司波先輩はちょっと照れたように「ありがとう」と両手で受け取ってから、中指でメガネをクイッと押し上げる。


しばらく談笑してから1年生が先に去って行き、「それでは私たちも……」という空気になった時、司波先輩がグイッと私の前に歩み出て、真剣な表情で口を開いた。



「折原さん……和倉くんの事は風の噂で聞いたよ」

「……はい」


司波先輩の口からその話題が出るとは思っていなかったから、少し意外な気がした。

あまり仲良くないように見えた2人だけど、部長と副部長として文芸部を引っ張ってきたんだ。それなりに気になるんだろう。


だけど残念ながら、私が司波先輩に与えられる情報は何もない。

だから黙っていると、不意に先輩が私の両肩にポンと手を掛けて、眼鏡の奥から真っ直ぐ見つめてきた。



「折原さん、僕は君を好ましいと思っている」

「……はい」


唐突に、何度も聞いたお約束の台詞を吐かれて困惑する。



「和倉くんの事が忘れられなくて辛いのなら……僕がその受け皿になってもいいと思っている」

「えっ? どういう意味ですか?」



キョトンとしている私の横で、千代美と清香がピョンと跳ねた。


「あ〜っ、司波先輩が言った!」

「ああ、とうとう言っちゃうんだ。告白せずに卒業していくと思ってたんですけどね」



ーーえっ?


「ええっ、どういうこと?!」

「どうって……そのままよ。司波先輩が学校を去る前に(おとこ)を見せたってこと」


「清香、気付いてたの?」

「だって初めて会った時から小夏を意識しまくりだったじゃない」


「ええっ?! 嘘っ!」

「小夏、何言ってんの? 後輩達でさえ気付いてたってば!」

「えっ、そうなの?!」



ーーそれじゃあ、たっくんのアレは……。


司波先輩への数々の無礼な態度や暴言は、ただ単に馬が合わないだけかと思っていたけど……本当の本当に牽制だったんだ。



私たちがギャーギャー騒いでいると、それを打ち切るように司波先輩が淡々と言葉を発した。


「折原さん、何を言ってるんだい。僕は最初からずっと、折原さんのことを『好ましい』と言い続けてきたじゃないか」


皆で一斉に先輩に注目する。


「すいません……私、先輩の『好ましい』がそういう意味だとは思ってなくて……」


「まあ、それは重々承知の上だ。全く意識されていないこともね」

「……すいません」


恐縮して私が縮こまっていると、先輩はもう一度メガネをクイッと押し上げてから、目を優しく細めて言う。



「折原さん、僕は君の清楚な容姿がとても好ましいと思うし、真面目で優しいところも素晴らしいと思っているんだ。だけどね、僕がどうしてこんなに君に惹かれたのかと改めて考えてみたら、和倉くんがいたからだって思うんだよ」


「えっ、たっくん……ですか?」


「そう。和倉くんのために真剣に悩んだり、彼のために必死で走ったり、泣いたり怒ったり照れたり、とんでもない無茶をしたり……そんな姿が素敵だと思ったんだ。君は和倉くんといてこそ、その魅力が増すんだ」


「たっくんがいてこそ……」


司波先輩は、「うん」と頷いて、言葉を続けた。



「だからね、今みたいに何かを我慢して大人しくしてる折原さんは、折原さんらしくないんだよ。君は和倉くんを追いかけて走ってこそ輝くんだ」



ーー私はたっくんを追いかけてこそ輝く……。


先輩の言葉がスッと胸に染み込んできて、心の空洞に希望のカケラがキラリと降ってきたような気がした。

それは小さな小さなカケラだけど、一生懸命に光を放っていて……。



「まあ、和倉くんを諦めるというのなら、僕が彼の代わりになっても……」

「先輩!ありがとうございます!」


先輩の言葉を最後まで聞かずに大声を出していた。


「そうですよね、こんな所で黙ってウジウジしてるなんて、私らしくないですよね。私、追いかけます!たっくんを見つけ出して叱ってやります!」


言いながらも、既につま先は校門を向いている。

ダッと駆け出したところでハッと気付いて振り返り、


「先輩、ありがとうございました!卒業おめでとうございます!」


そう叫んだら、先輩が笑顔で手を振っていた。


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