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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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35、私は間違えた


窓から差し込む日差しで目を開けると、太陽が南の高い位置にあって、今がもう昼間なのだと分かった。


枕の横に放り出してあったスマホを見ると、時刻は午後12時23分。

とすると、3時間近くも眠ってしまっていたのか……。


昨日の保健室といい、こんな時でさえ熟睡出来てしまう自分に苦笑する。


今ここにたっくんがいたら、『寝る子は育つ……だろ? 良かったな。ちょっとは背が伸びるぞ』なんてふざけて笑うんだろうな……。



「ふふっ、本当に言いそう」


口に出したらまた悲しみが込み上げてきて、頬がピクピクと震えた。




私が寝てしまった理由は分かっている。

『辛いことから逃げたいから』だ。


私には昔から、嫌なことや悲しいことがあると、泣きながら布団を被って寝てしまうという習慣がある。要は現実逃避だ。



今朝、母が仕事に行ってしまった後で、思い切ってもう一度たっくんに電話を掛けてみた。


聞こえてきたのは、

『お客様のお掛けになった電話番号は現在使われておりません』

という無機質なガイダンス。


慌ててリュウさんに電話をして、彼からもたっくんの番号に掛けてもらったけれど、やはり同じだった。



『アイツ徹底してるな。とうとう番号まで変えやがった』


聞くと、今年になってたっくんがバイトを増やしたという事実も無くて、それどころか辞めてしまっていたというのも、その時初めて知った。



着信拒否どころか、番号を変えられていた。

そこまで徹底して避けられてしまった事と、ずっと嘘をつかれていたという事実に大きなショックを受け、泣き疲れて眠ってしまったのだ。




「どうして……」


昨日からグルグル考え続けているけれど、結局は『どうして?』、『どこに?』という疑問に辿り着く。


たっくんはいつから休校を……私の前から姿を消す事を決めていたんだろう?


思い返せば、週末のたっくんはどこか変だった。



『今度からはこっちのお店に来ようね』

『それよりも、なあ、ハンバーグ用の肉って牛なの?豚なの?』

『あっ、話を逸らしたね!』


ここ最近で、一体何回たっくんは『それよりも……』って言ってた?



『そう言えば、お店には『和倉』じゃなくて『月島』で予約を入れたんだね。月島って久し振りに聞いたからドキッとした』

『……まあ、どっちでもいいだろ?』


私の質問の答えをはぐらかすようになったのは、いつからだった?



『ダイニングテーブル貯金しようよ』

『2人でレパートリー増やしていこうよ!』

『ねえ、アパートにナイフとフォークもあった方が良くない?』


私が将来の話をしても乗ってこなくなったのは、一緒にいられないと知っていたから?



『明日の昼は、ちょっとリュウさんと約束があるんだ。だからこの残りは小夏が食べて』


だけど、リュウさんとは約束していなくて、電話で荷物の運び出しをお願いしていた。

ケーキだって残して置きたくなかったんだ。食べられないと分かっていたから。



荷物の整理をして出発したのは日曜日だろう。


あの2日間は、お別れ前の私へのプレゼント。

最後の思い出作りだった。

私と過ごしたあの時には、もう既にこうする事を決めていたんだ。



「いや、違う。もっと前……」


脳味噌をフル回転させて、必死で記憶を辿って行く。



去年の時点ではまだ、そんな事は考えていなかったはず。


16歳の誕生日にはペアリングを買ってくれた。

私との未来を予約しておきたいって、いつか本物も貰ってくれる?って……あの言葉に嘘は無かったと思う。


その後には文芸部の副部長だって引き受けたし、夏祭りでも願いが叶ったって2人で喜んで……。



「違う……そんな前じゃない。もっと後……」


クリスマスには一緒にスマホを買いに行って、観覧車に乗って……。



「観覧車だ……!」


クリスマスに観覧車に乗っていたらたっくんの叔父さんから電話が掛かってきて、翌日にはお祖母さんのお見舞いで横須賀に向かって……年が明けた4日まで連絡も無かった。




『ん?……まあ、思ったより元気そうだったよ。俺が行った翌日には退院出来たし』

『それじゃあ、荷物の整理の方で時間が掛かったんだ』

『……まあ、そんな感じ』



ーーあの時……。



あの時にたっくんの表情が(かげ)った事に気付いていたのに、私はそれ以上追求する事を避けた。


勿論(もちろん)たっくんの複雑な家庭事情に踏み込んではいけないと思ったのもあるけれど……それだけじゃない。


私は怖かったんだ。

あの頃はあまりに幸せで満たされていたから、その時間を失いたくなかった。


深く追求して彼の(かげ)りの正体を知ってしまうことが怖くて……暗い影を踏んでしまうのを恐れて……気付かないフリをして逃げていたんだ。



「私……何処(どこ)で間違った?」


観覧車で黙り込んだたっくんに話し掛ければ良かったの?


横須賀での話をもっと詳しく訊ねれば良かった?


『escape』に様子を見に行けば良かった?


話を逸らされても食い下がれば良かった?


日曜日まで残っていたら良かった?



昨日の電話で……もっと上手に話せてたら……そしたら……



ーーだけどもう遅い。私は間違えたんだ……。


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