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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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30、痕を残してもいい?


金曜日の午後9時半。

いつもなら、たっくんはバイト、私は自分の部屋で寛いでいる時間。

だけど今日はバイトも門限も無いから、2人の時間はたっぷりある。



「たっくん、本当にありがとう。大事なバイトを休んでまで時間を作ってくれて、ケーキまで予約してくれて……感動で胸がいっぱいです」


ローソファーの上で正座して、たっくんに向かって深々と頭を下げた。

指輪もケーキももちろん嬉しいけれど、大好きな彼と過ごす時間が何よりのプレゼント。どんなに御礼を言っても言い足りない。


私に釣られたのか、たっくんも慌てて正座したものだから、2人で膝を突き合わせて向かい合う形になった。



「ん……俺も小夏の誕生日を祝えて嬉しいよ。 指輪も……ちゃんと指に着けてきてくれたんだな」

「当然だよ。私の宝物」

「……そっか」


私の言葉にたっくんが頬を緩める。



「小夏、知ってるか? 中世ヨーロッパでは戦いに(おもむ)く兵士が妻にガーネットを贈って、変わらない愛を確認したんだ。だからこの宝石には『忠実な愛』って意味がある」


「うわぁ、ステキ!戦場に赴く前に永遠の愛を誓ったんだね」

「まあ、要は『俺がいない間に浮気すんなよ』って事だよな」


「うわっ、夢がない!」

「ハハッ」


たっくんが私の左手を手に取ると、薬指と小指のリングにチュッ、チュッと唇を寄せる。



「小夏……俺はこの指輪に、お前への永遠の愛を誓うよ。俺はこの先どんな事があってもお前以外を好きにならないし、お前以外の女に心を動かすことは無い。絶対だ」


いつもだったら『くさいセリフ!』だとか『何を急に真面目ぶってるの!』なんて笑い飛ばすところだけど……いつになく真剣な表情と甘い声音に圧倒されて、茶化すことも出来ず、コクコクと頷いた。


私の指先を掴んだまま瞳を見つめるその姿は、さながら絵本の中の王子様。

このシチュエーションでこんな風に愛の告白をされて、トキめかずにいる方が無理だろう。



「小夏……この指輪、無くすなよ」

「絶対に無くさないよ。大切にする」


「この指輪を見るたびに……俺のことを思い出して」

「うん。これから指輪を見るたびに、16歳のクリスマスと17歳の誕生日を思い出せるんだね。嬉しいな」


シアワセ過ぎて、目の前の彼が愛しすぎて……胸が震えた。



「小夏……一緒にお風呂に入ろうか?」


ーーえっ?


「ええっ?!」


せっかくロマンチックな雰囲気に浸っていたのに、急に何を言い出すんだ、この人は!



「無理っ!無理ムリ!そんなの丸見えになる!絶対に無理!」


「丸見えって……そんなの、もう散々見てるし今更だろ」


呆れ声で苦笑されたけど、それとコレとは話が別だ。



「煌々と電気が点いてる場所と、暗がりのベッドじゃ全然違うよ!こんな貧相な身体を見られたら死ぬ!」


「貧相じゃないって。自信を持て」

「持てったって……恥ずかしいよ!」


「俺だって恥ずかしいのは同じだから。こうなったら恥ずかしい同士で覚悟を決めようぜ」

「ええっ?!」


なんか理論が滅茶苦茶な気がする。

尚も渋っている私に、たっくんが前のめりに詰め寄って、ダメ押しのセリフを吐いた。



「自分で言うのも何だけどさ、俺、小夏の彼氏として結構頑張ってると思うんだよな。ご褒美を貰ったっていいと思う。小夏はそう思わない?俺ってまだ、ご褒美を貰えるほどじゃない?」


ーーええ〜っ!


そんな方向から攻められたら、駄目だと言えるはずがないじゃないか……。

賢すぎる彼氏を持つと、コレだから困る。頭脳戦でたっくんに叶うはずがないんだ。



握られたままの両手を見つめながら、不承不承(ふしょうぶしょう)という感じで声を絞り出す。


「……それじゃあさ……私が先に浴槽に入ってからたっくんが入ってくるなら……いい」


顔を真っ赤にして俯きながら、譲歩出来るギリギリのラインを提示すると、途端にたっくんがパアッと顔を明るくして腰を浮かせた。



「よっしゃ、言質(げんち)取ったからなっ!そんじゃ浴槽にお湯を貯めてくるからさ、小夏は着替えを用意して待ってろよ!逃げるなよ!」


バッと立ち上がっていそいそと浴室へと向かう。


1人取り残された私は茫然(ぼうぜん)としていたけれど、ハッと気付いて慌ててボストンバッグを開き、中からお気に入りの下着やパジャマを取り出した。



***



「小夏、もういい?」

「はっ、はいっ!どうぞ」


浴室の中に私の裏返った声が響き渡ると同時に、折れ戸がパカッと開いて、腰にタオルを巻いただけのたっくんが入ってくる。


肩までしっかりと湯船に浸かった状態で浴槽のヘリにギュッと掴まっている私を見下ろして、


「湯気が立ち過ぎじゃね?真っ白で何も見えないじゃん」

とぶっきら棒に言い捨てた。


真っ白でいいんです。

湯気がモウモウと立つように、ついさっきまで湯船の中をバシャバシャ波立たせていたんだから。



たっくんはそのまま無言で風呂椅子に腰掛けて、シャワーで全身を洗い始める。

見てはいけないような気がして、私はあわてて背中を向けた。


シャワーの音が止まるのを待って、

「それじゃあ私は先に出るから、向こうを向いててくれる?」


背中を向けたままでそう言ったら、バシャンと隣に足が入ってきてビクッとする。



「ちょ……ちょっと!どうして入ってくるの?!」

「どうしてって……一緒に入るって言ったじゃん」


「違う!お湯に一緒に浸かるなんて言ってない!それに狭いし無理!」

「無理じゃないって。ちょっとそっち向いて座ってよ」


たっくんの身体がザバンと沈んだ途端、お湯がザザーッと(あふ)れ出した。


ーー恥ずかしいし無理!


急いで立ち上がろうとしたところを、手首を掴んで引き戻される。



「一生のお願い……一緒にいてよ」


真剣な声に、浮かした腰を、そのまま下ろした。

狭いユニットバスの中に2人一緒となると、私は必然的にたっくんの足の間に収まることになる。


身体を縮こませて固まっていると、後ろから腕が回ってきて、グイッと後ろに引き寄せられた。


「あっ……!」


首筋に唇が触れたと思ったら、チュッと音を立ててキツく吸われ、キスマークを付けられているのだと分かる。



「……目立つところは駄目だよ」

「うん……分かってる」


耳元でくぐもった声がして、さっきより少しズレた所に再度同じ痛みを感じた。



「小夏の全身に、俺の(あと)を付けたいな……(あと)を残しても……いい?」

「……いいよ」


「いいの?」

「……うん。今日は嬉しかったから……ご褒美」


湯気が立ち昇っていて良かった。今の私はきっと首筋まで真っ赤っかだ。



そう思っていたら、急に後ろから両脇に腕を差し入れられて、グイッと立たされて仰天する。


「えっ!なっ、何?!」


「ベッドに行こう。ここじゃ狭くて何も出来ない」

「えっ、ちょっと待って!」


「待てないし待たない」


そう言うなり、私の膝裏に手を添えて横抱きにすると、足を使って器用に折り戸を開けて浴室から出て行く。



「嫌っ、ダメ!見えちゃう!」

「見たいんだよ」


たっくんは裸の私を抱えたままズンズンと歩き出し、濡れるのも構わずそのまま私をベッドに降ろす。


私はどうすることも出来ず両手で顔を覆っていたけれど、たっくんの熱い視線を全身に浴びていることだけは感じ取れて、足先をモジモジさせてしまう。



「綺麗だな……」


すぐ近くで声がしたと思ったら、両手首を掴まれて、グイッと枕に押し付けられた。


「あっ!」


至近距離から青い瞳に射抜かれて、思わず視線を逸らしたら、

「ちゃんと見てて」

そう言いながら短く口づけられる。



「小夏……今から俺がする事をちゃんと見てて。ちゃんと見て、感じて……俺の姿も声も全部刻みつけてよ」


「たっくん?……あっ……」


たっくんの唇が頬に触れ、それが次は首筋に、そして鎖骨、胸へと移動するたびに、短いリップ音と鋭い痛みが走る。


きっとその後には幾つもの(あざ)が残されているんだろうと考えたのは、ほんの束の間。

あとはたっくんの唇と指先からもたらされる快感に翻弄されて、頭の中が真っ白になっていった。




そしてたっくんが私の前から……陽向高校からも、この街からも忽然と姿を消したのは、その翌週のことだった。



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