28、最高の誕生祝いにしような?
「ごめん、今週も忙しいから土日とも会えない」
「今日も早退するの?そんなに忙しいの?」
「うん……」
2月あたまの金曜日。
先輩方の卒業が目前に迫り、私たちの高校2年も終盤に近づいている頃、駅から学校へと向かう短い時間で、私とたっくんは先週と同じような会話を交わしていた。
冬休み明けからたっくんは宣言通り部活を辞めて、学校が終わると急いで帰宅する日が増えて来た。 私と一緒に帰れるのは週にほんの2日程だ。
そればかりか、週に1日は学校を休むようになり、金曜日には早退して、そのまま土曜日も日曜日も会えないと言う。
『夜中まで働いてるから疲れててさ、日中はひたすら寝てたいんだよ』
そう言うたっくんに、学校を休むなんて良くない。そこまで無理して働く必要はあるのか……と問い質したら、『俺はどうせ大学に行かないから、単位さえ足りてれば別にいいんだよ』と素っ気なく返されてしまった。
たっくんの言う『別にいい』事の中には、私も含まれているんだろうか?
一緒に登下校し、ベンチに座ってお昼を食べて、放課後は文芸部で語り合い、時には議論を交わし……
私にとっての高校生活は、たっくんと過ごすそんな時間も込みで初めて成立するものであって、全部含めてとても大切な時間なのに……そう感じているのは私だけで、たっくんにとってはただの通過点だと言うのだろうか?
そう聞いてみたかったけれど、親の保護の元でぬくぬくと暮らしている私が、たっくんにそんな言葉を吐くのは失礼なような気がして、結局口には出せなかった。
「自分の身体を大事にしてね。お金も大事だけど、くれぐれも無理しないで」
言いたい言葉を呑み込んでそう告げるのが精一杯な私に、「分かったよ。ありがとな」。たっくんはそう言って優しく頭を撫でると、笑顔を残して教室に入って行った。
***
「えっ、金曜日の夜?」
「うん、無理かな? 小夏の誕生祝いをちゃんとしたいんだけど」
2月第3週の月曜日。
先週金曜日の登校時ぶりに会ったたっくんが、今度の金曜日に泊まりに来ないかと言ってきた。
「でも、バイトは?リュウさんのお手伝いはいいの?」
「うん。ずっと頑張ってたから、たまにはいいんだ。小夏の誕生日はプレゼントを渡しただけで、ちゃんとしたお祝いが出来てなかっただろ? だから……さ」
「う〜ん……どうにか理由をつけて頑張ってみるよ。清香に協力してもらう」
「わがまま言ってごめんな」
「ううん、私もたっくんとゆっくり過ごせたら嬉しいし」
「……そうか」
「うん、そうだよ。2人きりで過ごせるなんて久し振り。楽しみだな〜」
私の誕生日である1月29日は平日の火曜日で、しかもたっくんはその前の週末もバイトだったので、一緒にお祝いするどころでは無かった。
火曜日の朝に「誕生日おめでとう」と手渡されたのは『水温4度』が名前の由来の有名ブランドの水色の紙袋で、中には同じく白いリボンのかかった水色の小箱。
家に帰ってから開けて見たら、小箱に入っていたのはガーネットのピンキーリングで、添えられていたカードにはたっくんの綺麗な文字で、
『17歳の誕生日おめでとう。心からの愛を込めて。 ガーネットの意味は、忠実な愛』
と、顔が真っ赤になるようなキザな言葉が書かれていた。
ーー金曜日には、クリスマスにもらった薬指のリングと誕生石のピンキーリング、両方を着けてたっくんに見せよう。
ありがとうって気持ちを思いっきり伝えよう。
そう考えるとワクワクしてきて、その日を指折り数えていた。
金曜日は一旦家に帰って着替えると、母に『行ってきます』のメールを送って家を出た。
今日は清香の家に文芸部部員が全員集合して、来年度の文芸部部長をどうするかと活動内容について話し合う……と言うことになっている。表向きは……だけど。
この尤もらしい言い訳は清香が考えてくれた。いつもアリバイ造りに協力させてばかりで申し訳ないと謝ったら、『私に彼氏が出来た時はヨロシクね』とウインクされた。本当に良い親友だ。
午後4時半過ぎに山中駅の北口に向かうと、改札を出てすぐの柱の前でたっくんが待っていた。
年上っぽいお姉さん2人組に話し掛けられていたけれど、私に気付くと柱から背中を起こして笑顔で歩いて来て、当然のように私のボストンバッグをヒョイと奪って肩に担ぐ。
「あの人たち……いいの?」
「ああ、ただのナンパだから気にしなくていいよ」
そう言って私の右手を掴んで歩き出した。
背中に恨めしそうな視線を感じたけれど、恐ろしかったから振り返るのはやめておく。
「小夏……最高の誕生祝いにしような?」
「うん!」
恋人繋ぎで並んで商店街に向かいながら、『ハンバーグの材料って何が必要だったっけ?』なんて能天気に考えていた私は、その時まさしく幸福の絶頂にいたと思う。
本当にその2日間は、最高にシアワセだったんだ……。