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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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26、俺の愛情がたっぷり入ってるだろっ?


「えっ?和倉くん、副部長を辞めちゃうの?!」


「ああ、中途半端な時期になって申し訳ないんだけど、副部長を辞任させてもらう……と言うか、今後は部活自体にも顔を出せなくなると思う」


千代美の問いにたっくんがそう言い切った途端、文芸部の部室が暗澹(あんたん)たる雰囲気に包まれた。



ーーああ、やっぱり……。


こんな空気になるだろうと思っていた。

年明けに一足先にたっくんから聞かされていた私だって、相当ショックだったから。



副部長であるたっくんは、このままの流れで行けば、新年度から部長に就任するのは周知の事実だった。

司波先輩もそのつもりでたっくんを副部長に指名したんだし、先輩が受験勉強で夏に実質引退した後に部員を引っ張ってきたのもたっくんだった。




『文芸部を辞める』

私がたっくんからそう聞かされたのは、年の明けた1月4日のことだった。


驚くことに、クリスマスの翌日に横須賀に行ったたっくんはそれからずっと帰って来なくて、26日の昼に『着いたよ』の短い一言メールをくれた以降は1月4日の午後に『帰って来た』と送ってくるまで何の音沙汰も無かったのだ。



心配して心配してずっと()れ焦れしていた私が連絡をもらってすぐにたっくんのアパートに飛んで行くと、たっくんはシャワーを浴びた直後だったようで、首に巻いたバスタオルで半乾きの髪をワシャワシャしながら、グレーのスウェットの上下というラフな装いで玄関のドアを開けて出迎えた。



「よっ、小夏。明けましておめでとう」


「『よっ』じゃ無いよ!ずっと連絡をくれないし帰って来ないから、向こうで何かあったんじゃないかって心配してたんだよ!」


私がローソファーに座りながらブツブツ文句を言っていると、たっくんは冷蔵庫から取り出した水ボトルを2本ガラステーブルに置いて、自分も私の隣に腰を下ろした。



「ごめんな。向こうに行ったら思ってたより……荷物の整理に手間取ってさ。忙しかった」


「忙しいのなら仕方ないけど……でもさ……」


それでもメールの1通くらいは欲しかったと思うのは、私の我が儘なんだろうか……。



尚も憮然(ぶぜん)とした表情を続ける私に良心が咎めたのか、たっくんは「よっしゃ、俺がスペシャルコーヒーを淹れてやる」そう言って立ち上がるとキッチンへ向かい、電気ケトルの電源を入れる。



私と付き合うようになって、たっくんのキッチンにも冷蔵庫の中にも一気に品数が増えてゴチャッとして来た。


引っ越してすぐにリュウさんに買わされたというキッチン用品が、下の棚に値札のついた状態でギューギュー詰めに押し込まれているのを発見した時には驚いたけれど、その中にあった電気ケトルはすぐにお湯が沸くから重宝している。



しばらくすると、たっくんが両手に黒と白のお揃いのマグカップを持って戻って来て、自分の目の前にはブラックコーヒーの入ったカップを置き、私には白い方のカップを「ほら」と顎をしゃくりながら突き出して来た。



「……ありがとう」


カップを両手で持ってコクッと一口飲むと、甘さと苦味が程良く調和したカフェオレの味。



「ちゃんと私の好みの味だ……」


「当然。砂糖2杯にミルクたっぷり。お前の好みなんかとっくに覚えたよ。あったまるだろ?飲め飲め」


私が好きな、砂糖とミルクがたっぷりのカフェオレ。コクコクと飲み進めるほどに、身体の芯から(あたた)まっていく。



「美味しい……別にスペシャルじゃない、いつものインスタントコーヒーだけど」


「何言ってんだ、俺の愛情がたっぷり入ってるだろっ? それに、牛乳が無かったからコーヒーミルクを3本も贅沢に使ったんだぞ。スペシャルだろ?」


「ふふっ、3本も? スペシャルだ」

「だろっ?」


顔を見合わせてハハッと笑う。



たっくんはこんなに優しいのに……。

ちょっと連絡が来なかったくらいで拗ねた自分を反省する。


マグカップをコトリとテーブルに置くと、体育座りのまま、たっくんの肩にコテンと頭を預けてもたれ掛かった。



「ありがとね……嬉しいよ、たっくんのスペシャルコーヒー。それと……お帰りなさい」


「ん……ただいま。ごめんな、心配かけて」



「お祖母様の具合はどうだったの?」

「ん?……まあ、思ったより元気そうだったよ。俺が行った翌日には退院出来たし」


「それじゃあ、荷物の整理の方で時間が掛かったんだ」

「……まあ、そんな感じ」



チラリと見上げたたっくんの表情がスッと(かげ)っていたから、『そんな感じ』の中には、私に言いづらい事がいろいろ含まれているんだろう。


それが何なのかを知りたい欲求はあるけれど、無理に聞き出してはいけない気がした。

見たことも会ったこともない、たっくんの叔父さんの顔を、ぼんやりと思い浮かべた。



私は身体を起こしてたっくんに向き直る。


「たっくん、お帰りなさい」

「えっ?ただいま……って、コレ何回繰り返すんだよ」


「だって、たっくんが帰って来たのが嬉しいから……お帰りなさい!お疲れ様でした!」

「ハハッ、ただいま。俺も小夏に会えて嬉しいよ」


角度をつけた顔が近付いてきて、チュッと短く口づけられる。



「本当に……お帰り。大好きだよ、たっくん」

「そんなの……俺の方がめちゃくちゃ大好きだっつーの」


グイッと背中を抱かれて、今度はもっと強く深く、唇が重なった。



ーーたっくん、私はこれから何度だって好きだって言い続けるし、もっともっと強くなるよ。


だから……いつか全てを隠さず打ち明けてくれたら……そんな存在に私がなれたら……いいな、と思う。


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