23、俺が怖がらせたんだよな?
「はい、もしもし……」
たっくんが面倒くさそうな顔をしてスマホの画面をタップし、会話を始める。
「はい……はい、そうです、拓巳です……えっ?!……あの……どういうことですか?」
その瞬間、たっくんの顔色がサッと変わったのが分かった。
電話の相手は目上の人なのだろうか? やけに他人行儀でかしこまった話し方をしている。
「はい……はい」と先方の話に相槌を打ちながら、私の方にチラッと目線をやった。
「あの……今はちょっと話が出来ないので、また後で改めて電話させて貰ってもいいですか?……はい、分かりました。失礼します」
電話を切ってスマホを仕舞うと、ポケットに突っ込んだ手をそのままに、何事か考え込んでいる。
その目は自分の膝を見ているようにも見えるし、何も映していないようにも見えた。
何も話さないたっくんと真剣な眼差しが電話の内容を暗示しているようで、なんだか良くないことが起こったんじゃないかと思った。
ーーたっくん、どうしたの? 電話の相手は誰だったの?
だけどそれを聞くのが怖くて、私は彼の隣で身動き一つ出来ず、息を殺していた。
地上85メートルの窓から見えるのは、虹色に輝く観覧車と華やかなクリスマスのイルミネーション。
夜になったら更に綺麗なんだろう。そう言いたかったけれど、言葉には出来ないまま呑み込んだ。
私たちのいるゴンドラの中だけは、時間が止まったかのような沈黙が支配している。
ーーたっくん、どうして何も言ってくれないの?
まるで永遠のように長く感じた観覧車の後半7分程は、係の人が笑顔で扉を開けたことで唐突に終了した。
「小夏、足元に気を付けろよ」
「はい」
ようやくたっくんの声が聞けたことにホッとして、なんだか泣きたいような気持ちになった。
それが表情に出てしまっていたのか、たっくんが「ごめん」と言いながら左手を差し出して来て、私は何に対して謝られているかも分からないまま、縋るようにその手を握る。
「小夏……お腹空いたな」
「……うん」
「何が食べたい? すぐそこにフードコートがあるから、中に入ってから適当に選ぶ?」
「……うん」
「小夏……泣いてるの?」
「泣いてない」
たっくんが立ち止まると、私の顔を覗き込んできて、指先でそっと私の目尻を拭った。
「泣いてるじゃん」
「……泣いてない!」
そう言いながらも、みるみる視界は滲み、唇が震える。
「小夏、ごめん……」
固く抱きしめられるともう止まらなくて、嗚咽を漏らしながら、その胸にしがみついた。
「ごめん……ごめんな。俺が怖がらせたんだよな? ホントごめん」
ーーたっくん、謝らなくていいんだよ。
私はただ怖かっただけ。
またたっくんが何処かに行ってしまうんじゃないかって、不安になっただけ。
だけど、私の気のせいだよね?
もうたっくんは何処にも行かないよね?
私を置いて消えたりしないよね?
そう言いたかったけど声にならなくて、私はたっくんの胸に顔を埋めて肩を震わせた。
たっくんは黙って私の背中を撫でてくれていたけれど、私の涙が収まった頃に身体を離して、ゆっくりと口を開いた。
「横須賀のさ……」
ーー横須賀?
私がバッと顔を上げると、優しく見つめるたっくんの瞳と目が合った。
「前に話したろ? 母さんの実家のこと。そこでお世話になってたお祖母さんがさ、心臓を悪くして入院したんだって」
『食事をしながら話すよ』と言われ、2人で手を繋いでフードコートへと向かう。
たっくんが味噌カツ、私がきしめんを食べながらテーブルで向かい合うと、先に食べ終わったたっくんが箸を置いて私を見つめた。
「急がなくていいよ、小夏はゆっくり食べて」
私も慌てて箸を置こうとしたらそう言われたけれど、ジッと見られていては食べ辛い。
焦りながら太いきしめんをどうにか啜ると、汁には手を付けずに箸を置いた。
トレイを戻そうとしたら、「いいよ、俺が持ってくから。ついでにちょっとトイレに行ってくるな」とたっくんが運んで行ってくれたけど、トイレに行ったまましばらく帰って来ない。
もしかしたら、さっきの相手に電話をしているのかな……と思った。
10分程してようやく帰って来ると、私の向かい側に座って、テーブルの上で指を組む。
「俺さ、明日、ちょっと横須賀に行って来る」
「……えっ?」
唐突に言われて耳を疑った。
「明日は俺んちで一緒に冬休みの宿題をしようって言ってたのに、ゴメンな」
「それは構わないけど……」
たっくんがテーブルに置いていた私の手を上からギュッと握ってきたから、それ以上余計な言葉を発するのは止めて、続く言葉に耳を傾けることにした。