21、小夏の髪の毛を弄っていい? (2)
地元の神社で催されている夏祭りは、午後6時過ぎともなると人でごった返していて、油断していると逸れてしまいそうだった。
露店の規模があの日の記憶にあったものよりも小ぢんまりしているように感じるのは、きっと私たちの歩幅が大きくなったからだろう。
そして、さっきからすれ違う人にチラチラ振り返られるのも、遠目に指差して何か言われているのも、気のせいでは無いんだろう。
たっくんが目立ち過ぎるんだ。
185センチの高身長で、漆黒の髪にブルーアイ。なのに濃紺の浴衣をサラリと着こなしてしまっているのだから、モデルか何かだと思われても仕方がない。
彼の左手にしっかりと繋がれている私を見て、『どうしてあんな子が?!』と言われるのも、これまた仕方がないことだ。
「小夏、どの店から攻める?やっぱ射的のリベンジかな」
人目を気にして身を縮こませている私とは反対に、たっくんは目をキラキラさせながらグイグイ進む。
注目されたり取り囲まれる事に慣れているんだろう。
「ヤバイ、可愛くしすぎたな」
私の手を引きながらボソッと零すから、「んっ?」と耳を澄ませたら、
「俺が小夏を可愛く仕上げちゃったから、みんなに見られてるな」
口を尖らせながら真顔で言うから、この人はどこまで親バカ……ならぬ彼バカなのかと可笑しくなった。
たっくんがスマホで動画を見ながら仕上げてくれた私の髪は、両サイドで片編み込みをしてから後ろでクルッと纏め、赤いバンスクリップで留めてある。
彼が器用なのは分かっていたけれど、正直私が自分でやるより千倍は上手だ。
「ふふっ……みんな私のことなんて見てないのに」
「見てるよ。嫌だな、俺の彼女なのに。こんなに見られたら減っちゃうじゃん」
「減るって……ハハッ、何言ってるの?!」
「あんまり見られたら減っちゃうんだよ!とにかく嫌なんだよ!……クソッ、小夏が可愛いのは嬉しいけどムカつくわ。とにかく射的だ、射的!」
手を握る力を強くして先に歩き出すたっくんを見ながら、彼氏フィルターの威力って凄いと感心しつつ、せっかくここまで言ってくれてるんだから、私も卑屈になっていないで一緒に思いっきり楽しむことに決めた。
「おじさん、これだけ当たっても倒れないなんて絶対怪しいよ。箱の底が台にくっついてるんじゃないの?」
7年前のリベンジとばかりに射的で箱入りの人形を狙ったら、前回と全く同じ展開になった。
「い〜や、兄ちゃん、そんなズルはしてないよ。おっ、兄ちゃん外人さんかい?日本語が上手だね」
「ああ、アメリカからの留学生。ズルして騙すと日米親善にヒビが入るよ」
「ハハハッ、それは困るなぁ。そんじゃコレをやるよ。日本のお菓子は美味いぞ」
「「 あっ! 」」
思わずたっくんと2人で顔を見合わせる。
黄色い箱に入ったキャラメルは、昔と同じ12個入り。口に放り込むと、ミルクとカラメルの味がした。
「この甘ったるい味ってさ、俺にとっては初恋の味なんだよなぁ〜」
手を繋いで歩きながら、たっくんがしみじみという口調で呟く。
「初恋?」
「うん、胸をキュンキュンさせながら、初恋の子と一緒に食べた思い出の味」
「だったら私にとっても初恋の味だ」
たっくんが目を細めながら私を見て、それから遠くを見るような目つきをして、横須賀の頃の思い出をポツポツと語り出す。
睡蓮鉢の金魚、従兄弟と行った夏祭り。人生2度目の金魚掬いと、取れなかった出目金。
「俺さ、横須賀で夏祭りに行った時も、小夏のことを考えてたよ。この街で普通にクラスメイトとして小夏に出会っていたら楽しかっただろうな、一緒に2人で手を繋いで夏祭りに行けたら良かったのにな……って」
「そうか……私たちは離れていても、ずっとお互いのことを想い続けてたんだね」
「そうだな」
「そして、たっくんが願っていたことが今日叶ったんだ」
「うん……叶った」
「凄いね……奇跡だね」
「……奇跡だな」
嬉しいのに泣きたくなって黙り込んだら、たっくんの手にグッと力が籠った。
そっと見上げたら、たっくんの目も潤んでいるように見えた。
それを見たら余計に胸に込み上げるものがあって、鼻の奥がツンとした。
「小夏……キスしようか」
「……うん」
たっくんが背中を曲げて顔を近付けてきたから、私は黙って目を閉じた。
柔らかい唇が触れた途端、ふんわりと甘ったるい初恋の香りがした。
その瞬間、周囲の目も音も消えて無くなって、2人だけの世界になった。