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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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15、邪魔しないでくれないかな?


店内でなんてことを言うんだって私も驚いたけれど、それ以上に朝美さんが驚いていた。

目を異様に大きく見開いて、口をパクパクさせている。


そして、さっきから何気に2人の会話に耳を尖らせていた他の女性客たちもザワついている。



「悪いな、朝美。小夏のが最高に気持ち良くて、今までのセックスが全部ブッ飛んだわ。あの家でのことも、お前とのことも、全部丸ごと小夏で上書きされちゃったよ」


朝美さんは唇をわななかせるだけで、言葉にならない。



「朝美、お前は本当に気持ちいいセックスを知らないだろう。俺は知っちゃったんだ、全身が(とろ)けるような凄いのを。生まれて初めて心から気持ち良くなれて、もっと何度でもシたいって思えて……俺さ、今めちゃくちゃシアワセなんだよ。だから邪魔しないでくれないかな?」



「拓巳……冗談でしょ……何言ってるの?」


「冗談じゃないっつーの!お前がただの客としてお金を落としてくれるんなら、いくらでもカクテルは作ってやるし愛想笑いもするけどさ……でも、それだけだよ。お前は特別じゃない。今この店に来てる何人かの客の1人、ただそれだけ」



あの朝美さんが何も言えずに黙りこくっていると言うことは、かなりの衝撃だったんだろう。


なんとなくその心中(しんちゅう)()(はか)る事はできる。


『たっくんの初めての女』、それが彼女にとって唯一で最大の切り札だった。

どうせたっくんは私と寝ることが出来ないとたかを括っていたら、その唯一の切り札を『意味のないこと』と切り捨てられてしまったんだ。



「……それではお客様、次は何をお作りいたしましょうか?」


たっくんが慇懃無礼(いんぎんぶれい)に言ってのけると、カウンターの上の朝美さんの手が小刻みに震え出した。



「迷っているようでしたらこちらをどうぞ。『シャンディガフ』、俺からの餞別(せんべつ)なんで(おご)りです。遠慮なくどうぞ」 



ーーシャンディ……ガフ??


急いで本を開き、カクテル言葉を調べる。


シャンディガフ……『無駄なこと』



「朝美、お前と俺が近付けるのは、カウンターのこっち側とそっち側、この距離までだ。そっから先に進めるのは小夏だけなんだよ。それを飲んだらとっとと帰れ」


朝美さんは、カッと顔を赤くして立ち上がると、目の前のカクテルグラスに手を伸ばした。


ーーあっ!



「ダメ————っ!」


思わず身体が動いていた。


私が壁の後ろから飛び出してたっくんの前に立ち塞がると、ちょうどそこに黄金色の液体がバシャッと降ってきた。


前髪からポトポトと(したた)るそれからは、ビールとジンジャーエールの混じり合った甘ったるい香りがしている。



「テッメーっ!何すんだっ!」


私の後ろからバッと動いて勢い良くカウンターに飛び乗ろうとしたたっくんを、私とリュウさんが引っ張って必死に止める。



「離せっ!この女、ぶっ殺してやる!」


必死に腰にしがみついている私からはたっくんの顔が見えないけれど、きっと鬼のような形相になっているんだろう。


朝美さんが顔を引きつらせて後ずさりするのが見えたから。



リュウさんがたっくんの両肩を掴んで思いっきり引っ張ると、2人揃ってカウンターの内側へダンと勢いよく倒れ込んだ。棚が揺れて、細いフルートグラスが2つ、ガシャンと落ちた。


「たっくん!」


店内がシンと静まり返る。



「朝美さん……」


川から上がったばかりの河童(かっぱ)みたいにポタポタ滴を垂らしながら、私がカウンターにバンッ!と両手をつくと、朝美さんは更に一歩後ろに後ずさる。



人様(ひとさま)のお店で何てコトしてるんですか!いい歳してこんな子供みたいな真似して……恥ずかしくないんですか?!」


「なっ……何よ!」


私がもう一度バンッ!とカウンターを叩くと、朝美さんの肩が、ビクッと跳ねた。


手の平がジンジンするけれど、今はそんなこと構ってられない。私は彼女をキッと睨みつける。



「……たっくんが言った通り、私とたっくんは結ばれました!あなたの呪いは効きませんでした!めちゃくちゃ気持ち良かったし、最高でした!……私とたっくんは、今めちゃくちゃ仲良しで、ラブラブの熱々(あつあつ)なんです!邪魔しようったって無理ですから!」


一気に(まく)し立てると、たっくんがユラリと立ち上って、後ろから私の肩を抱いた。



「たっくん!……大丈夫?」

()って……大丈夫じゃない。小夏が慰めてよ」

「えっ?」


首を捻ってたっくんの方を向いた途端に、チュッとキスされた。


ーーキスされた!お店の中で!お客様が見てる前で!



「たっ、たっくん!コラ!」


「ハハッ、小夏が可愛すぎて我慢出来なかったんだ。怒んないでよ。……朝美、御覧の通り、俺たちはラブラブの熱々なんで、諦めて下さい、サヨウナラ」


『サヨウナラ』と、ゆっくりアクセントをつけて言うと、朝美さんが目を吊り上げて、手にしていたグラスを勢い良く投げつけてきた。

カウンターの上で細身のピルスナーが砕け散り、ガラスの破片が飛び散った。



「うわっ、(あぶ)ねっ!」


たっくんが私を抱き寄せて咄嗟に庇ったその間に、朝美さんはコートとバッグを手に持って、小走りで去って行った。


ドアを閉める直前に、


「あんた達、()鹿()みたい!死ね!」


綺麗な顔に似つかわしくない下品な捨て台詞を残して。


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