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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 2人の未来編
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12、嫌なことって大抵冬に起きてるだろ?


『俺さ、冬って嫌いなんだよ。嫌なことって大抵冬に起きてるだろ?』


たっくんがそう言うように、確かに私たちの間で冬という季節は、不吉の象徴みたいなものだった。



白い息を吐きながらアパートのドアの前で立たされているたっくんの横顔だとか、霜焼(しもや)けで紫色になった足の指、ネズミーランドで担架(たんか)に乗せられる姿、赤く点滅する救急車の警告灯、雪の中で笑っているあの男の顔、白い雪に点々と落ちる血の(しずく)、冷んやりした曇りガラス、冷たい階段に響くサンダルの音……



更にたっくんには、穂華さんとの別れや朝美さんとのこと、そしてクリスマスの日に私のいないアパートを訪ね、何も無い公園の跡地で立ち尽くしていたという、聞くだけで胸が苦しくなるような思い出が、その時の身を切る寒さや痛みと共に、鮮明に蘇ってくるのだ。




たっくんと結ばれた春から順調に夏が来て、秋が終わって……そして私たちが嫌いな冬がまた訪れた。


クリスマスもお正月も何事もなく過ぎ去って、むしろ楽しくて仕方がないくらいのテンションで一緒に過ごして……


今年もまた何かが起きるんじゃないかと内心ドキドキしながら身構えていた私たちは、どうやら無事に2人して、私の16歳の誕生日を迎えることが出来た。



***



「悪いな、小夏。誕生日のお祝いが遅くなる」


「別に構わないよ、たっくんの黒ベストとサロンエプロン姿を見るの、好きだし。でもお酒は飲まないでね」


金曜日の放課後、学校からたっくんのアパートに向かう電車内で、たっくんが申し訳なさそうに顔をしかめた。




「あそこに連れてくと、小夏がイジメられるから嫌なんだよ、俺。 リュウさんのお店の客だから怒鳴りつけるわけにもいかないしさ……」


「でも、1人でアパートで待ってるのは寂しいし。それに、リュウさんが私にプレゼントを用意してくれてるんだったら、直接受け取って御礼を言いたいし」


「う〜ん、そうだけどさ〜」



リュウさんから、『拓巳の代わりに助っ人に来るはずだったヤツがインフルエンザになって来れなくなった!助っ人の助っ人に来てくんない?』と電話があったのが1時間ほど前の話。


渋っているたっくんからスマホを取り上げて、『行きます』と私が返事をしたら、『ありがとう!お詫びに小夏ちゃんにプレゼントを用意しておくから拓巳と一緒においでよ』と言われたのがその直後。



たっくんは、1月29日の火曜日が誕生日だった私のために誕生祝いをするつもりで、今夜はバイトを休むことになっていた。

私も『清香の家で誕生会を開いてもらう』と言う名目でたっくんのアパートにお泊まりする事になっている。


母に嘘をつくのが心苦しく、又、私自身もケジメが無くなって成績に支障が出るのが怖くって、たっくんのアパートに泊まるのは、まだ3度目だ。


たっくんの過去の話を聞いていたから、これから自分がどうなってしまうのかと怖い気持ちもあったけれど、意外なことに、アパートに遊びに行ってもキスやハグだけの時が大半で、最後までと言うのは週末ゆっくり過ごせる時や夏休みだったりと、時間に余裕がある時だけに限られていた。


たっくんの本心は分からないけれど、いまだに慣れていない私のペースに合わせて我慢してくれているんだと思う。




『escape』のドアを最初に開けたのはたっくんだった。


木製のドアから顔を突っ込んだまま数秒固まって、そのままドアを閉めて私を振りると「やっぱり今日は帰ってお前の誕生会をしよう」なんて言い出したから、何かがおかしいと感じた。


私がドアに手を掛けようとしたら、たっくんが目の前に立ち塞がって邪魔をする。



その時、たっくんのスマホで着信音が鳴った。

画面を開いて見たたっくんが、「リュウさん、遅いよ」

そう憎々しげに呟いたのを見て、店の中で何かが起こっているんだと思った。


たっくんのスマホを覗き込もうとしたらパッと隠された事で、予感が確信に変わる。



「たっくん……私にはもう隠し事をしないんだよね?」


私の真剣な表情に、もう誤魔化しが効かないと思ったのか、たっくんは諦めたように深い溜息をついてから口を開いた。



「小夏、驚くなよ?……店の中に朝美がいた」


ーーえっ?


たっくんが私に向かって見せたスマホの画面には、


『拓巳、やっぱ休め。前にお前を探し回ってた朝美って女が来てる』

のメッセージ。



「だから言っただろ? 俺、冬はダメなんだって」





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