11、部室までならいいだろ?
「えっと……こちらは和倉拓巳くんです。たっくん、こちらが2年生で部長の司波大地先輩」
「……どうも」
ぶっきらぼうに言ったまま、頭も下げずに黙りこむたっくんに焦り、私がすかさずフォローを入れる。
「たっくん、そこは『どうも』じゃなくって!……司波先輩、和倉くんは入部希望です!」
月曜日の放課後、文芸部の部室には、いつもの部員4名と、たっくんの計5名が集っていた。
文芸部の活動日は基本的に火曜日と金曜日の週2回なのだけど、司波先輩が毎日部室で本を読んだり小説を書いたりしているので、毎日が活動日のようなものだ。
私たちも時間がある時にここに来ては、オヤツを食べたり宿題を済ませたりするようになり、先週になって千代美が電気ケトルを持ち込んだことにより、いよいよちょっとしたラウンジの様相を呈していた。
「そりゃあ部員は多い方がいいけれど……和倉くんはバイトがあるんじゃないのかい?」
司波先輩がいつものように、眼鏡のフレームをクイッと押し上げる。
「バイトは 月、 水、 金曜日。夜からだから大丈夫。……って言うか、小夏、コイツに俺のバイトのことまで話してるの?」
ニコリともせずに聞いてくるから、
「あの……先輩、彼は夜からバイトなんですけど、たまに早目に出なきゃいけない日もあって、そういう時は早退か欠席になります。様子を見てあまり顔を出せないようなら、準部員扱いでもいいんですけど……」
私が通訳させられる羽目になった。日本人同士なのに!日本語なのに!
「小夏、俺はちゃんと部活に顔を出すよ。バイトが早い日だってここから直で行けば間に合うし」
「そんなの駄目でしょ!食事して歯磨きして着替えする時間が必要なんだから!」
「そんなの向こうでどうにでもなる」
2人のやり取りを見ていた清香が、思いっきり大きな溜息をついて言い放った。
「要は……男子がいる部活に小夏だけを行かせたくないから和倉くんも入部する。バイトもあるけどとにかく小夏優先だ!……そう言うことでいいのかしら?お2人さん」
「ああ、そう言うことだ」
ーーうわっ、たっくんがハッキリ言い切った!
と思っていたら、千代美に「うわっ、ハッキリ言い切った!」と大声で言われて、顔から火が出る思いがした。
「折原さんのために入部するのは構わないけれど、入部するからには文学に興味を持ってもらわなきゃ困るよ。ただの漫画好きなら『漫画部』に行ってもらいたい。失礼だけど、和倉くんが好きな作家は?どんな作品を読んでるんだい?」
司波先輩が挑むように言うと、たっくんが間を置かず、サラリと答えた。
「ベタだけど、谷崎潤一郎の『春琴抄』や『痴人の愛』が好きですね。あの『変態チック』なところがいい。あとは星新一のショートですかね」
隣の私を見ながら、『変態チック』にアクセントをつけて言う。
ーーうわっ!わざと言ってる!
金曜日の夜のことを思い出して顔が熱くなる。
「だったらこれもベタだけど、安部公房の『砂の女』も好きだろう?」
「ああ、安部公房はノーベル文学賞を与えられるべきだったと思いますよ」
「奇遇だね、僕もだよ」
そう言うと司波先輩はガタリと立ち上がり、たっくんの元に歩み寄ってきた。
「文芸部へようこそ。歓迎するよ」
「ああ、よろしく」
2人が握手を交わすのを見て、ようやく肩の荷が下りた気がした。
「それにしても……『文芸部』なのに、どうして本が少ないの?」
パイプ椅子に座って部室を見渡したたっくんの鋭い指摘に、一同ギクリとする。
「和倉くん、本を購入するには予算というものがあってだね、部員がギリギリの弱小部は、月に購入できる本も限られていて……」
「だけど『漫画部』には予算が沢山下りてるんだろ?」
「えっ、どうしてたっくんがそんなこと知ってるの?」
「同じAクラスの女子に誘われたから。『部室の棚にギッシリ漫画があるし、予算で買い放題だからおいでよ』って」
ーーわぁ……やっぱりクラスでもモテてるんだ。
チロッと横目で見たら、たっくんが、
「行かないし、相手にしてないし。俺は文芸部だし」と速攻で言い訳をしてきたから、なんだか可笑しくてフフッと笑ってしまった。
ーーたっくん、大丈夫です。彼氏を信用してるんで。
「そんじゃ俺、生徒会に掛け合ってくるわ」
「「「「 へっ?! 」」」」
たっくんが事もなげに言ってドアへと向かったから、他の4人が唖然としてしまった。
「だっていちいち図書館から本を借りてこなきゃいけないなんて面倒じゃん。部費で買おうよ、部費で」
「だけど、たっくん……」
「あっ、小夏は俺と一緒に来て。司波と一緒にしとくとヤバイ気がする」
グイッと手を引かれ、廊下に出た。
「ちょっと、たっくん!」
結局そのあと私を従えて生徒会室に向かったたっくんは、『文芸部』の有用性や『漫画部』との格差の是正を訴え、更には『司波先輩の読書感想文相談室』なるものを設けると豪語して、見事、来月分からの部費の大幅アップを約束させてしまった。
「なっ?駄目元で交渉してみるもんだろ?」
たっくんはそう言って笑っていたけれど、あんな至近距離で顔を近づけて懇願されたら、会計の女子が断れるはず無いと思う。だって彼女の目がハート型になっていたし。
「小夏、んっ」
「えっ?」
「手、繋いでよ。部室までならいいだろ?」
「うん」
そして、そんな強引で我がままで無駄にモテる男の子が、私の彼氏です。