7、そんな俺でも好きでいてくれるんだろ?
電車の中でも、駅からアパートに向かう道でも、私はどうでもいいような話……例えば『リュウさんがキツネっぽい』だとか、『たっくんのサロンエプロン姿が似合ってたから、家でもすればいいのに』……なんていう事を、ひたすら喋り続けていた。
もちろん緊張を誤魔化すためだ。
対してたっくんはなんだか言葉少なめで、私の話に相槌を打ちながら、目を細めてふんわり微笑んでいる。
時々、繋いでいる手を自分の口元に持っていって、私の指先にチュッとキスしてみたり、急に横から頭をコツンとぶつけてきたりするから、
「あっ、話を聞かずにふざけてるでしょ!」
って指摘したら、
「小夏が話すことは一言一句逃さず全部聞いてるよ。……ただ、緊張してるだけ」
という返事が返ってきた。
同じように緊張していても、私とたっくんでは対処法が違うらしい。
って言うか、たっくんでも緊張するんだ。そうか……そうなんだ……ちょっと安心した。
見慣れた商店街に入ったところで、私はふと、ある事に気付いた。
「あっ……アレ!結局買ってない!」
そうだった。元はと言えば、それを買うために外に出たのではなかったか?
「ダメだ、もうシャッターだらけ!殆どのお店が閉まっちゃってるよ!」
「フッ……せっかく小夏がヤる気満々だったのにな」
「まっ……満々って!……覚悟を決めたって言ってよね」
「ハハッ、そんな覚悟を決めた小夏に朗報だ。ゴムなんかコンビニでいつでも買えるんだよ」
ーーえっ?
「嘘っ!コンビニでそんなの見たことない」
「お前がいつもお菓子コーナーくらいしか見てないからだろ……こっちだ」
たっくんは私の手を引いて、慣れた足取りで商店街を反対側に抜けると、煌々と明かりがついている道路沿いのコンビニに入って行く。
「はい、カゴ持って。俺は向こうでゴム取ってくるから、小夏は明日の朝食や飲み物を選んでて。あっちに下着もあるから、歯ブラシと一緒に買っとけよ」
「あっ……はい」
流石たっくん、こういうシチュエーションに慣れている。女の人とこうしてお泊りセットの買い物に来るのも初めてでは無いんだろう。
少し胸がズキンとしたのが、顔に出てしまっていたらしい。
お店を出て、人気のまばらになった商店街に入ったところで、たっくんが足を止めて顔を覗き込んできた。
「小夏……なんか気にしてる?」
ーーああ、いきなりやってしまった。
たっくんの話を聞いた時に、そういう過去も含めて全部受け入れようって決めたのに……。
そして、私がたっくんの女性関係で顔色を変える事こそが、たっくんの最も恐れていることだって分かっていたはずなのに……。
「大丈夫だよ、私がいろいろ慣れてなさ過ぎるんだよね。『escape 』でも場違い感が半端なかったし、知らない事だらけでなんだか恥ずかしいな」
『へへっ』と無理やり笑顔を作ってみたけれど、それはたっくんの真剣な表情によってすぐに掻き消された。
「小夏……無理に笑おうとするなよ。俺の過去に腹が立つなら怒ればいいし、嫌だったら嫌って言えばいい。泣きたいのなら……我慢してないで、今すぐここで泣けよ」
「だって、そんなの……」
たっくんを追い詰めて苦しめるだけでしょ?
過去を振り返るのはもうやめるんでしょ?
「だって、俺がしてきた事はどうしたって消しようが無いし、小夏がそれを不快に思うのも仕方がないだろ?だからお前は感じたままに、怒ったり泣いたりすればいいんだ。バカヤロウ!って詰ってくれてもいい」
「だって、そんな事をしたら……」
ーーダメ!たっくんが自分を責めちゃう!
「いいんだ。だって、小夏は絶対に逃げないって言ってくれたじゃん。今はそれを信じられるから……お前に何を言われたって受け止められるよ。俺は何度だって謝るし、後悔する。その度に、もう2度とあんな事はしないって心に誓うんだ。そんな俺でもお前は好きでいてくれるんだろ?」
「たっくん……」
「小夏、こっち向いて?」
そう言われて顔を上げたら、私の感情なんて全てお見通しだって言うような澄んだ瞳が優しく見下ろしていた。
その途端、感情が決壊して、私はクシャッと顔を歪ませる。
「私……悔しくて……。たっくんの初めてになりたかった。たっくんが他の女の人とコンビニで買い物してホテルに行く姿を想像したら、すごく嫌だった。リュウさんのお店でも……あんな風に誘われてはいろんな女の相手をしてたんだ……って思ったら、悲しかった。ごめんね、こんな風に思って。私……」
「いいんだ、小夏。……ごめんな、本当にゴメン。もう絶対にお前だけだから……」
涙を拭うように頬に口づけられ、すぐに唇が重なり、抱き締められる。
「たっくん……ここ、道のど真ん中……」
「『往来のど真ん中で小夏とドラマみたいなキスシーンをする』。これも俺が前からやりたかったこと。ギャラリーが少なくて残念だけどな」
「ゔん……だったら……今回だけは許す」
「ハハッ、サンキュ」
「たっくん……大好き」
「……小夏、アパートに帰ろう。早く2人っきりになりたい」
「うん……」
どちらからともなく指を絡めあい、強く握りしめて……私たちは、同じ場所に帰るために、足早に歩き出した。