6、お前を連れ帰ってもいいんだよな?(後編)
午後8時半を過ぎると狭い店内は満員になって、たっくんも自主的にカウンターに入って手伝いを始めていた。
「小夏ちゃん、ごめんね。せっかくのデートなのに」
「いいんです。たっくんが働く姿が見れて嬉しいです」
「小夏ちゃんはいい彼女だね。拓巳が夢中になるのも分かるよ」
気を遣っているのか、リュウさんが何かと私に話し掛けてくれている。
「いえ、夢中なのは私の方で……お客様が言ってた通り、私とは不釣り合いで、勿体無いくらいの彼氏です。お店のお客様だってたっくんに会いに来てるのに、私が顔を出しちゃったら営業妨害ですよね……」
「ハハッ、大丈夫。拓巳を追っ掛けてるような女の子はみんな肉食系だからさ、彼女がいようが気にせずにグイグイ来るから」
「はいリュウさん、『アフィニティ』」
奥でシェイカーを振っていたたっくんが、私の目の前に来てグラスに中身を注ぐと、リュウさんに差し出した。
「ああ、それ、お前のだから、飲めよ」
「はっ?」
「あっちの客が、お前にって」
「はぁ?……何だよ……」
たっくんが顔をしかめて髪をかき上げる。
「たっくん、未成年がお酒を飲んじゃ駄目だよ」
「そうじゃなくても飲まねぇ〜よ!」
「ねっ、小夏ちゃん、拓巳のファンは肉食系でしょ?小夏ちゃんの目の前でこうやって堂々と誘ってくるんだから」
「えっ?これって……誘われてるんですか?」
「カクテルには花言葉みたいにそれぞれ意味があってね、『アフィニティ』は、『触れ合いたい』、『親密な関係』。要は『ヤりたい』って事だね」
「ええっ!」
思わず大声を上げてしまい、両手で口を押さえる。
そのままジトッとたっくんを見上げたら、たっくんはカクテルが入ったグラスをリュウさんの方に押しやって、「小夏、俺は飲まないから、怒らないで」そう呟いた。
午後9時を過ぎた頃、たっくんが腰に巻いていた黒いエプロンを外してカウンターから出て来た。
「小夏、そろそろ行こうか。……リュウさん、俺たち帰ります」
「おお、手伝いサンキューな」
「頑張ったんで次回から時給アップでよろしく」
「まだ早い!」
リュウさんはお店の前まで見送りに出て来ると、私に右手を差し出した。
「今日は来てくれてありがとう。また遊びにおいで」
「はい、ありがとうございました」
手を握り返したら、優しく微笑んで、
「小夏ちゃん、俺には釣り合うとか釣り合わないとかの基準は分からないけどさ……拓巳が選んだのが君みたいな子で良かったな……ってのは、心から思ってるよ。拓巳をよろしくね」
「……はい、ありがとうございます」
「うわっ、本当に親父みてぇ」
「うるさい!とっとと帰れ!じゃあな!」
笑顔で手を振って『escape』をあとにした。
2人で電車を待ちながらホームに立っていると、自然と見つめ合い、笑顔が溢れ出た。
「リュウさん……良い人だね。私を紹介してくれてありがとう。嬉しかった」
「ん……俺も、小夏を紹介出来て嬉しかった。リュウさんなら絶対に小夏の良さを分かってくれるって思ってたんだ」
「私のせいで、恥をかかせちゃってごめんね」
「はぁ?なんも恥ずかしくないだろっ!自慢の彼女だっつーの!……って言うか、俺が考えなしだった。嫌な思いさせたよな……ごめん」
「たっくんがモテるのは仕方ないし。自慢の彼女だって言って貰えるのは嬉しいけど……でも、今日たっくんのファンの人達を見てて、私もたっくんの優しさに甘えてないで、もうちょっと頑張らなきゃって思った」
するとたっくんが真剣な表情になって、私の手を握って来た。
「……これ以上、お前が何を頑張るんだよ」
「えっ?髪型とか、お化粧……とか?」
「そんなもん必要ないよ。今のままで十分だし、これ以上可愛くなって文芸部のメガネ野郎とかに狙われたら困る」
「ふふっ、メガネ野郎……って」
「それに……頑張るなら今夜だろ」
たっくんが握った右手にギュッと力を込めた。
「えっ?」
「今夜……俺のために頑張ってよ」
「…………。」
「今夜……お前を家に送らなくてもいいんだよな?……お前を連れ帰ってもいいんだよな?」
「たっくん……」
たっくん、そんなの決まってるよ。
私はもうとっくに覚悟が出来てるよ。
だから私は……
「うん」
コクリと頷くと、握る手に力を込めた。