14、 お前はそれでいいの?
「拓巳、 写真を撮るから小夏ちゃんとそこに立って」
穂華さんにそう言われ、 校門の前にたっくんと立つと、 校庭から飛び出していた桜の枝から花びらがはらはらと落ちてきて、 たっくんの肩にヒラリと乗った。
「たっくん、 花びらが落ちてきた」
たっくんの肩から花びらを取って見せると、 たっくんがハハッと笑って、 私の頭に手を伸ばす。
「お前もだよ、 ほら」
お互いに摘んだ花びらを見せ合っていたら、 母親2人が「「 シャッターチャンス! 」」と言って、 カシャカシャ写真を撮り始める。
満開の桜の下で花びらを手に微笑みあっている写真は、 今でも私のお気に入りの一枚だ。
***
何かと注目を浴びるたっくんは、 小学校の入学式から既に目立っていた。
たっくんは他の生徒より頭一つ分かそれ以上に背が高かったし、 その上あの容姿だったから、嫌でも目につくのだ。
いや、 あの日のたっくんを見て、 見惚れたり憧れたりすることはあっても、 嫌だという子はいなかっただろう。
半ズボンを履いている男の子が大半のなか、 ネイビーブルーの三つ揃いスーツに白シャツ、 濃紺に黒とグレーのストライプネクタイをきっちり締めていたたっくんは、 他の子の何倍も大人っぽく見えた。
新1年生が体育館に入場してくると、 たっくんの姿を見た上級生や保護者の間から、 低いざわめきが起こる。
『カッコいい』とか『アメリカ人かな』という、 たっくんと一緒にいる間に聞き慣れた、 お馴染みの言葉を背中で聞きながら、 私はそれが自分のことのように誇らしく、 そして若干の優越感を抱きながら、 1年生の座る前の方の席へと歩いて行った。
「ねえねえ、 あの子ってお友達? 」
椅子に座って校長先生の挨拶や先生の紹介を聞いていると、 隣に座っていた女の子が口元に手を当ててコソッと話しかけてきた。
「えっ? なあに? 」
「さっき一緒に写真撮ってたでしょ? あの子ってアメリカ人? 」
その言葉で、 たっくんのことを言っているのだと分かった。
「たっくんは友達。 日本人だよ」
「へえ、 カッコいいね」
「うん、 たっくんはカッコいいよ」
「お友達になりたいな」
「たっくんは優しくて人気者だから、 誰とでもお友達になってくれるよ」
「ホント?! 私は樹里。 よろしくね」
すると、 その隣にいた子も便乗してきた。
この2人は友達らしい。
「いいな〜、 私も友達になりたい! 一緒にお喋りしてもいい? 」
「いいよ、 一緒にお喋りしよう! 」
「一緒に写真も撮れるかなあ? 」
「うん、 一緒に写真を撮ろう! 」
「私もたっくんって呼んでもいい? 」
「それは…… たっくんに聞かないと…… 」
私とたっくんは同じ1-2になって、 彼女たちも同じクラスだった。
その時の私は、 緊張していたところに、 これからクラスメイトになる子から気さくに話しかけてもらえたことが嬉しくて、 調子に乗っていたんだと思う。
みんながカッコいいと褒めているたっくんが自分と仲良しだというのを自慢したい気持ちもあったんだろう。
たっくんに聞きもせず、 安請け合いしてしまった。
式が終わると、 生徒たちは各々の教室に入り、 先生から教科書や時間割表を渡され、 あとは校庭でクラス写真を撮って解散となった。
「小夏、 帰ろう」
「うん」
2人で手を繋いで母親の方へ行こうとしたら、 後ろから声を掛けられた。
「ねえ、 小夏ちゃん、 たっくんと写真を撮ってもいい? 」
さっきの2人組だった。
私が足を止めると、 たっくんが怪訝そうな顔で私を見る。
「小夏…… この子たち、 誰? 」
「えっと…… 樹里ちゃんと結衣ちゃん。 同じクラスだよ。 たっくんと友達になりたいんだって」
「…… ふ〜ん」
「私は樹里。 一緒に写真を撮ってもいい? 」
「…… 別にいいけど…… 」
たっくんがニコリともせずに答えると、 樹里ちゃんと結衣ちゃんが両側からたっくんを挟んで、 満面の笑みでピースサインをした。
「ちょっと待って…… 小夏、 なんで来ないの? 」
たっくんが私を手招きする。
「私はいいよ」
そんなの私にだって分かる。
彼女たちはたっくんと写真を撮りたいのだ。
空気を読まずにしゃしゃり出て、 邪魔者になんかなりたくない。
「私、 たっくんと写真を撮りたいの」
案の定、 樹里ちゃんがそう言うと、 たっくんはバッと2人から離れて、 私の元へツカツカと歩いてきた。
「嫌だ、 小夏と一緒じゃないなら撮りたくない」
「私はさっき撮ったから、 もういいよ」
私の声を無視して、 たっくんはクルリと2人に向き直る。
「俺と写真を撮りたいなら、 俺に言えばいいじゃん。 なんで小夏に頼むの? なんかそういうの…… 嫌だ」
「えっ、 じゃあ…… たっくん、 写真撮ろうよ、 ねっ、 いいでしょ? 」
結衣ちゃんが甘えるようにたっくんの手を引くと、 たっくんはその手を振り払いながら、
「たっくんって呼ぶな! 」
そう大声で怒鳴って、 そしてなぜか私を睨みつけている。
「なんで他のやつに、 俺がたっくんだって教えたの? 」
「…… えっ? 」
「お前はそれでいいの? 」
「…………。 」
「小夏は俺が他のやつにたっくんて呼ばれてもいいの? 」
「それは…… 」
たっくんは、 後ろの2人をクルリと振り返ると、
「俺の名前は拓巳だから。 どんな呼び方をしてもいいけど、 たっくんだけはダメ。 分かった?」
そう大声で呼びかけた。
そして、 2人がコクコクと頷くのを確認してからもう一度私に向き直り、 さっきよりも優しい声音で、 だけど真剣な眼差しで言った。
「小夏、 もう他のやつにたっくんって呼ばせるなよ。 いい? 」
「はい…… ごめんなさい」
私がシュンとしながら謝ったところで、 穂華さんがこっちに歩いてきて、 たっくんの頭にコツンとゲンコツを喰らわした。
「拓巳、 カッコつけてないで、 写真の1枚や2枚、 撮らせてあげなさいよ。 せっかく綺麗な顔に産んだげたんだから勿体ぶってんじゃないわよ」
そして樹里ちゃんと結衣ちゃんを振り返り、
「お嬢さんたち、 ごめんなさいね〜。 どうぞこの子と写真を撮ってあげてちょうだい」
そう言ってたっくんの背を押す。
さっきのたっくんの剣幕に固まっていた2人は、 それでもやはりたっくんが隣に並ぶと嬉しいようで、 ニコニコしながら自分の親に写真を撮られていた。
母が運転する車の後部座席に座りながら、 私はじっと窓の外を眺めていた。
あんなに怒ったたっくんを初めて見た。
ショックだった。
だけど、 それ以上に恥ずかしかった。
ひたすら恥ずかしくて堪らなかった。
私は友達が欲しいがために、 ちっぽけな自尊心のために、 たっくんを利用したのだ。
たっくんなら私の願いを断らないだろうという自分勝手な思い込みもあった。
そのくせ心の中では、 他の子が『たっくん』と呼ぶのを嫌がって、 たっくんが断ったことを喜んで……。
私はズルい。
ズルくて嘘つきだ。
頬がヒクついて、 窓の外の景色がジンワリ滲んでくる。
「小夏…… 」
たっくんに呼ばれたけれど、 私は鼻をすすりながら、 それでも右側を向くことが出来なかった。
「小夏、 たっくんて呼んでいいのは、 お前だけだからな」
「…… うん」
たっくんがギュッと握ってきた手を、 ちょっとだけ握り返した。
「あらあら、 初恋っていいわね〜 」
穂華さんがバックミラーを見ながらそう呟いた。