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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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54、運命の再会


小夏……俺たちの繋がりに『運命』なんて陳腐でありふれた言葉なんかは使いたくないけどさ、こうなると、他に何て言えばいいのか分からないんだ。



お前が5歳、俺が6歳の時に保育園で出会って、公園で偶然に会ったと思ったらお隣さんで。


数え切れないくらいの思い出を2人で共有して、たくさん笑ってたくさん泣いて……。



同じ傷を額に刻んだまま離れ離れになった俺たちは、同じ神奈川にいながらも会うことが叶わなくて……もうダメだと諦めかけたその時に、思い出の場所、名古屋で再会したんだ。



こんなのさ……絶対に運命だろ?



***



「うん、こんなもんかな」


部屋の入り口まで下がって全体を見渡すと、腰に手を当てて頷いた。



2日前にリュウさんと一緒に家具を部屋に運び込んだはいいものの、その夜は紗良に呼び出されてホテルに行ったし、翌日も御礼がてらにリュウさんのお店に顔を出したりで、結局荷物はそのままになっていた。


入学式前日の今朝になって、インターネットで注文していた2ドアの冷蔵庫が届いたところで、このままではヤバイと気付き、慌てて荷解きを開始した。


買って来たまま放置していたキッチン用品を棚に突っ込み、リュックとダンボール箱に入れたままにしていた洋服を片っ端からパイプハンガーにぶら下げたら、いきなり生活臭がしだして、自分の部屋なのだという実感が湧いてきた。



最後にガラステーブルの上から写真立てを手に取り、黒い3段ボックスの上に置く。


一旦マットレスまで戻って寝そべって、そこから写真の小夏がちゃんと見えるかどうかを確認する。

もう一度写真立ての位置を調整したところで、(ようや)く完成だ。



新品の冷蔵庫から水のボトルを取り出すと、ローソファーに腰掛けて蓋を開け、一気に半分ほど飲み干した。



ーーいよいよ明日から高校か……。


この前まで中卒で働こうと決めていた自分が進学出来る事になったのは嬉しい誤算だったけれど、それよりも、今こうして一人暮らし出来ているというのが不思議な感じだ。


あんなに望んでいた自由が手に入って嬉しいはずなのに、いざそうなってみると、特にやりたい事も望むこともなく、正直拍子抜けしている自分がいる。



『高校に合格する』事と『和倉の家を出る』事を目標にしていた時にはあんなに盛り上がっていた希望とスリルと高揚感が、いざ手にした途端、シュルンと萎んでしまったようだった。



駄目だ、次の目標を作ろう。


この前までのような高揚感が欲しい。何かをすることに喜びを見出したい。

自分が生きている意味を、心が渇望(かつぼう)しているんだ。



ーー卒業……そして就職だな。


そうだ。3年間、朝美から逃げ切って、高校卒業と同時に和倉の家ともこの街ともおさらばする。

それを次の目標にしよう。


毎日がかくれんぼなんて愉快じゃないか。


コンタクトは続けたほうがいいな。青い目は目立ち過ぎる。

これからは遊び場所も使うホテルも変えよう。港町の方には絶対に寄り付いちゃ駄目だ。


成績もトップになんかならなくていい。

特進クラスから落ちないくらいのとこに居座って、レベルの高い授業が受けられれば、それでいい。



十蔵さんにお世話になっている生活費は……働き始めてから徐々に返して行こう。


母さんから貰った通帳のお金は、セットアップに必要な最低限な分を除いて使わずに残してある。

今後いつどんな事で大金が必要になるか分からないから、なるべく手付かずで残しておいた方がいい。



ーーだけど、そこから先は?


新しい土地に移って就職して、働いて、働いて……。


その先の俺の人生に、何があるって言うんだろう?

夢も希望もない毎日を生きている意味って何なんだろう?



そこまで考えたところで、頭の後ろで腕を組んでソファーにもたれ掛かり、苦笑する。


「考えなきゃいいんだよな」


ごちゃごちゃ考えるから苦しいんだ。


3年間……あと3年間だけ我慢したら、俺は何処にだって行ける。本当の自由だ。

だからもう深く考えず、目の前の卒業だけを目標に生きて行こう。



「その先なんて……知ったこっちゃない」


そう言葉にしてしまったら、なんだかスッキリした気がした。



ーーそう思っていたのに……。





4月第一週の金曜日、『市立 陽向(ひなた)高校』の入学式前の掲示板。


そこで奇跡が起こった。




「え〜っ、 嘘っ! タクミって特進なの?! 」

「マジっ?! クラスが離れちゃうじゃん! 」

「嫌だ〜っ、 タクミと離れたくな〜い! 」



ーーうるせっ、高校に来てまでくっついてんなよ。


中学時代からの取り巻きが、目ざとく俺を見つけて群がっている中、『小夏』という単語が聞こえた気がして、反射的に左を向いた。



そこには不審げにこっちを見ている小っちゃいウサギみたいな女の子。

大きな黒目と視線がぶつかった。



ーーはっ?!


心臓が止まるっていうのはああいうのを言うんだな。

マジで心臓が大きくドクンって鳴って、息が出来なくなるんだ。



ーー嘘だろ……。


こんな所で会えるはずがないのに、2度と会えないと思っていたのに……。



ーーああ、神様!



小夏、俺は無神論者だし、この世に神も仏もないって何度も思ってたけどさ、あの時、あの瞬間だけは、心から神様に感謝したんだぜ。


なのにお前は……



『えっと、 あの…… 私は確かに小夏という名前ですけど、 あなた、 一体…… 』


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